彼は何を考へることも出来なかつた。全く頭が空虚になつた。雑念《ざつねん》と云ふものは何処へか追払はれたらしい。考へれば考へるほど、腰が下して見たくなる。長々と寝そべつて見たくなる。世界中の最も幸福なものは、寝床の上に伸々と横はることであるとしか思はれなかつた。彼はただそれをのみ希つた。
彼は公判廷に於ける彼の訊問の時、極めて冗漫なる詞を以て、その当時のことを陳述し、自己の自白が真実でないことを、思切り悪く繰り返した。しまひにはおろ/\声になつて居た。それ故彼が他人の陳述を聞いて居て、堪へ切れずに泣いた所因《いはれ》を、若い弁護人はすぐに悟ることが出来た。「何という惨ましい事であらう。」
若い弁護人は竊に心を悼ましめて居た。[#改行天付きはママ]
裁判長は一度途切れた訊問を、彼の泣き声の跡から進行さすことを忘れはしなかつた。強ひて平調を装ふと云ふ様子が見えるのでもなかつた。
此被告については、語るべきことが頗る多い。彼はその陳述の最後にかう云ふことを云つた。彼は少しくどもりであつた。陳述はとかく本筋を外れて傍道へ進みたがるので、流石の裁判長も一二度は注意を与へた。其度毎におど/\し
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