乍ら又しても枝葉のことにのみ詞を費した。やう/\事実の押問答が済む頃になると、彼は次の様なことを陳述した。
 彼の云ふ処によると彼の自白は全く真実でない。元来彼は無政府主義者でない。只真似をしたい許りに大言激語を放つて居たにすぎない。突然拘留の身となつて、激しい取調を受けた。もう裁判もなしに殺されることだと思つた。大阪から東京へ送られる途中で、彼は自殺をしようと思つた。大阪を立つた時にはもう日がくれて居た。街々には沢山の燈がともされて居た。梅田では三方四方から投げかける電燈や瓦斯の火が昼の様に明るかつた。二人の護送官に前後を擁せられ、彼は腰縄をさへうたれてとぼ/\と歩いて来た。住慣れた大阪の市街が全く知らぬ他国の都会の様に、彼には外々《よそよそ》しく感ぜられた。自分はいま土の中からでも湧いて出て、どこと云ふ宛もなくうろつき廻つてゐる世界の孤児のやうにも思はれる。無暗に心細さが身にしむのであつたが、それかと云つて、何が懐しいのか、何が残多いか、具体的に彼の心を引留めると云ふやうなものもなかつた。今大阪を離れては二度帰つて来られないかもしれないと思つても、それがどれほど悲しい情緒を呼び起す
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