い、小胆ものである。家系を調べて見ると神経病で伯父が死んだ。父の死方も或は自殺らしいと云ふ噂もあることが稍後になつて解つた。
 さて此男はなぜに泣いたか。声を挙げて泣き出したか。拘留されて以来、彼は余りに多く恐れた。初めて審問廷へ引き入れられて、初めて捜査官の前に立つたとき、もう身内は顫《ふる》へた。魂は悸《ふる》へた。何事か訳の解らぬことを問はれて、訳の解らぬことを答へた。日記や書信が彼の面前に展げられ、彼のわくわくした心の上に読みおろされたとき、そんな激しい文字を使ひ合つて居た当時の気分が自分で了解し悪《にく》い程であつた。「迫害が来た。迫害が来た。正義の為に奮闘するものは如此迫害さる。噫又吁 四五日内のニウスに注意せよ。」之は誰からの端書であつたか、匿名故、何の時の事やら彼は思出す余裕がなかつた。「神田街頭に於ける、ヽヽヽヽヽの奮闘はあつばれ武者振勇しかつたぞ。俺も上京して応援したいんだけれども知つての通りの境遇だから悪しからず思つてくれ。」之は赤旗事件の時に桃木に宛てた端書である。「今夜活動写真を見る.鉱夫の二三人が手に手に持つたハツパを擲げつけると、鉄のやうな巌壁が粉韲せらる
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