の方へ移して貰ひたいと云ふのであつた。彼は自らの語るが如く耳が遠いのであつた。顔貌が何となく惘乎《ぼんやり》して、どこにか気の抜けた様な処が見えるのはその為であるらしい。早く父に分れて母の手一つに育つた。小商をして居る家の総領であつたが、大した学問のあるのではなく、思想上の研究なども行届いては無論居なかつた。奇矯の事を好み、自ら不平家らしく装つて、主義者の一人であるとして、多少の交友を得た。会合の席には常に法被腹掛の支度で行く。労働者だと云つて強がる為である相だ。「私が行つたとき五人程の人が集つて居ましたが、私の顔を見ると、みんなが黙つてしまひました。ええ、私はやつぱり法被をきて居ました。労働者の会合を料理屋で開くなんてけしからんと私は云つてやりました。けれど、そ、それは……実は私の癖なんです。どうもみんなが、私をのけ者にして居る様な様子ですから、私は独りで出てしまひました。」
彼は自ら語る如く主義者間にも余り信用されて居ない人間であつた。或は其筋からの目付かもしれないなどと云ふ疑もかゝつて居た。彼は同志の人々の思はくを薄々知つて居ながらも、其跡先にくつついて放れなかつた。意気地のな
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