、廷外に出でようとする二人の被告の耳許に口を寄せた。
「落付いていろ。世の中は判決ばかりぢやないんだから。」
彼はかう云つて、此詞の意味が被告等に理解されたらしいのを見て、少しく安心した。
「いゝえ。もうどうなるもんですか。」
荒々しい調子で彼の詞を打消しつゝ通りすぎたものがあつた。見ると柿色の囚人服を着た外山直堂であつた。
此者は僧侶で、秘密出版事件で服役中、此事件に連座したのである。彼の法廷にありての、言語動作は終始捨ばちであつた。訊問の際職業を問はれたとき
「ヽヽ宗の僧侶でありましたが、此度の事件で僧籍を剥奪されました。私は喜んで之を受けました。」と答へて新聞種を作つた男である。
「あゝ、救ふべからざる人間だ。彼は全く継子根性になつてしまつた。」若い弁護人は、殊更に気丈さを装ふらしき此男の囚人姿を目送した。
弁護人控所は人いきれのする程、混雑して居た。どの顔にもどの顔にも不安と、驚きと、尖つた感情の色が浮んで居た。
「みんな死刑つて云ふことはないや。」
「検事の論告よりも酷い裁判だ。」
「本気なんだらうか。」
「なに。万歳を叫んだ。ヽヽヽの。」
「秋山も叫んださうだ。」
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