を見た。彼女の顔は輝しく光つた。すきとほつた声で彼女は呼《よ》んだ。
「皆さん左様なら。」云ひさま彼は笠で顔を蔽うた。すたすたと廷外へ小走りに走り出でた。
彼女の最後の一語が全被告の反抗的気分をそゝつた。
「ヽヽヽヽヽヽ。」
第一声は被告三村保三郎より放たれ全被告一同之に和した。
「ヽヽヽヽヽヽ。」
若い弁護人は耳許から突然《だしぬけ》に、喚呼の声を聞かされて、一時は呆気にとられて居た。
けれども之をもつて、彼等が真にヽヽヽ主義に殉ずるの声とは聞くべからざるものであつた。此叫声が彼等の信念から生れたものであると誤信する者は、此犯罪事件が彼等の信念から企画されたと誤信すると同じ間違を来たすであらう。彼等は判決に不服であつた。事情の相違、酌量《しやくりやう》の余地を全然無視した判決を彼等は呪つた。その不平の声の突発が即ち「ヽヽヽヽヽヽ」となつたのである。
若い弁護人は確に斯の如くであると解釈して自分の担任する被告の方を見た。その一人の如きは丸で悄然《しよげ》かへつて居る。とぼ/\して足許も危な相に見える。若い弁護人は第二列目と三列目との間の通路に身を置いて、自分の目の前を横切つて
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