…死んでも……死んで死にきれません……」
彼女は段々に胸が迫つて来た。涙が交つて声は聞取れなくなつた。
若い弁護人も、彼女の此陳述には共鳴を感じた。いかにも女の美しい同情が籠つてゐると思つた。人間の誠が閃いてゐるとも思つた。本統に彼女の云ふことを採上げて貰ひたいと、彼自も判官の前に身を投掛けて哀訴して見たいとも思つた。
それもこれももう無駄になつた。彼女の顔を見たとき弁護人は刹那にその当時の光景を思起したのであつた。
彼女は美しい容貌ではない。たゞ口許に人を魅する力が籠つて居た。両頬の間はかなりに広く、鼻は低くかつた。頬の色は紅色を潮していつも生々して居た。始終神経の昂奮がつゞいて居たせいかもしれない。或は持病であると云ふ肺結核患者の特徴が現れて居たのかも知れない。被告等も退廷するときになつた。彼女が一番先になつて法廷を出る順序となつてゐる。若い弁護人が彼に黙礼した後直に、彼女は椅子を離れた。手錠を箝められ、腰縄がつけられた。彼女は手錠の儘の手でかゞんで、編笠をとつた。ここを出てしまへば、彼等は再び顔を合すことが出来ないのである。永久の訣別である。彼女は心持背延をしてみんなの方
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