、絶倫なる記憶力と放胆なる蛮性からでなければ、決して供述することの出来ない事実の供述から出来上つて居ることを看出し得たであらう。火を放つて富豪を劫掠しようと企てたとか、電気を東京全市に通じて一夜に市民を焚殺する積りであつたとか、聞くだに戦慄すべき犯罪計画を極めて易々と喋散して居る。斯の様な調書が存在して居て、それが裁判所の証拠資料の唯一無二なるものであるとすれば、被告はどこにも逃るゝ途はない。若い弁護人は、其担任に係る被告人に対して何時も気休めを云つたことはなかつた。彼等が無罪を信じ、軽い処刑を信じて居たときも、弁護人は常に首を振つた。
「そんな勇気のある裁判官は無いからなあ。」
しかし彼とても時々もしやと云ふ考を起さなかつた訳ではない。もし裁判官に、洞察の明と、果断の勇とがあるならば……、もしその明と勇とがあるならば……。被告等は無罪となるかも知れない。かう思つて終始法廷の模様に注意した。被告等の公判に於ける陳述を聞いて居ると、どうやら楽観的の気分にもなつて、之れなら大丈夫かも知れないと心に喜悦を感じて法廷を出る。が、家へ帰つて調書を翻へすと、何たる恐ろしき罪案ぞ、之れでは到底助か
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