したと云ふ事件は、此事件唯一つである。法を適用する上には、判事は飽迄も冷静でなくてはならない。人の生命は如何にも重い。之を奪ふと云ふことは、如何にも忍びない処である。只|夫《それ》国法はそれよりも重く、職務は忍ぶ可からざるものをも忍ばざるを得ざらしめる。仮令何程の愛着があり、何程未練のあつても、殺すべき罪科に該《あた》るものは、殺されなければならない。一人と云はず、十人と云はず、百人と云はず、事件に連つた以上は、数の多少は遠慮すべきことの問題とはならない。それで此事件に於ても多数の死刑囚を出した。判官は克く忍びざるを忍んだと云ふべきである。此点に於て誰人が判官の峻刻と無情とを怨むべきぞ。されどもし判官に、哀憐の情があるならば、殺さるべき運命の下に置かれた被告等が今や死に面したる痛苦に対しては、無限の同情を寄せらるべき筈である。試にその法服法帽を脱ぎ玉へ。此被告等を自由の民たる位置に置き玉へ。そして諸公と被告等とが同じ時代同じ空間に、天地の成育を受けた同じ生物なりと観《くわん》じ玉へ。誰か諸公の生命を奪はんとするものがあらう。諸公亦何の故を以て被告等の殺戮を思ふべき。法を執る間は人は即ち
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