つたが、判官は型の如く居並んで、型の如く判決の主文を朗読した。「被告ヽヽを死刑に処す。」神妙に佇立して判決の言渡を受けて居た被告は、此主文の朗読を聞くと等しく、猛烈としていきり立つた。「この頓痴気野郎が」と云ひ様足許近くに置いてあつた痰壺を取上げて判官目がけて投げつけた。幸にそれは法官席の卓子の縁に当つて砕けた為、誰も負傷がなくて済んだ。人間は死ぬと云ふことより大きな恐怖はない。殺されると定つてしまへば、世の中に恐ろしい者とては何もない。野性、獣性を発揮して思ふ様暴れてやらうと云ふ兇暴な決心をするのは、斯の様な被告には、有勝なことである。
 今二十幾人を一時に死刑を宣告した法官諸氏は、果してこんな出来事が起るかも知れないと心配して居たのであらうか。否それはさうではない。法官諸氏は判決の言渡をする迄がその任務である。任務さへ終れば、法廷には用のない体である。それで席を引いた。その外に何の理由もあるまい。
 しかし若い弁護人は之に理由がつけて見たかつた。日本の裁判所が文明国の形式によつて構成されてから三十有余年、其間に死刑の宣告をした事案とて少くない数でもあらうが、一時に二十幾人を死刑に処
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