《みなり》をして居た。労働者らしい人も多かつた。牛込の富久町から日比谷にかけての道筋、裁判所の構内には沢山の警官が配置され、赤い帽子の憲兵の姿も交つてゐた。入場者は一一誰何され、携帯品《もちもの》の取調をも受けた。一挺の鉛筆削でも容赦なく留置された。法廷内は殊に厳重であつた。被告一人に一人宛の看守が附いて被告と被告との間には一人宛必ず挾《はさま》つて腰を掛けて居た。裁判官、検察官、書記が着席し、弁護人も列席して法廷は正しく構成された。
 裁判長は、判決文の朗読に取掛つた。主文は跡廻しにして、理由から先づ始めた。
 判決の理由は長い長いものであつた。
 裁判長の音声は、雑音で、低調で平板である。
 五六行読進んだときに、若い弁護人は早くも最後の断案を推想した。
「みんな死刑にする積りだな。」彼はかう思つて独り黯然とした。
 今や被告人の脳中には大なる混乱が起つた。苛立しい中に生ずる倦怠。強ひて圧し殺した呼吸遣、噛みしめた唾《つば》、罪悪とは思ふことの出来ない罪悪の存在に関する疑惑。剥取られた自由に対する呪咀。圧迫に堪切れなかつた心弱さ。ヽヽを以てする陥穽の威力。不思議な成行きに駭く胸。爆
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