》して居たのである。今はそれが現実となつた。自分の身に降りかゝつた絶対の拘束は、一足飛に彼と「自由」との間の間隔を狭めてしまつて、極めて密着した関係に於て彼は自由の耽美者、慾望者、希求者とならねばならなくなつた。先刻も審問場に於て、彼は長時間の起立から許されることを絶大の幸福であると思ふ迄に、彼は些の自由にも無限の価値を感じたのであつた。一突ついたならぼろ/\と崩れさうなやさがたなこの壁、此扉。それでも彼には鋼鉄で鋳上げた一大鉄爐の四壁にも均しいものである。土、釘、木片といふ物質は彼の腕力で或は粉々になつてしまふかもしれないが、それを組立てて居る無形の威力――即ち国家の権力は、彼が満身の智慧、満身の精神を以てしても、到底破却することが出来ない。彼が国家を呪ひ権力を無にし、社会を覆さうとする間は、彼は彼の自由のすべてを捕はれなければならない。更に進んでは、彼の存在そのものをも非認せられなければならない。
 しかも彼は自ら此の如くに憎悪され、嫌忌され、害物視される筈がないと思つて居た。それで今彼が、一身を置くべき場所をだに与へられず、一指を動すべき活動をだに許されないと云ふことが、決して正
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