もあつた。しかしそれは新聞紙法違反位の軽罪で、二三ヶ月の拘禁を受ける位の程度を考へたからのことであつた。然るに極重悪の罪名を負《おは》せられ、夜を日に継ぐ厳しい訊問を続けられ、果ては死を以て罪を天下に謝さなければならないと云ふ、そんな大胆な覚悟は、彼が心中には未だ嘗て芽を吹かうともしたことはないのであつた。
 彼が訊問に疲れ、棒立ちになつてゐる苦痛に堪ヘずして昏倒した後、考がこの不可測な起因、経過、終局に及んだとき、彼は逆上せんばかりに煩悶した。それは夜も深更であつた。昼からかけての心の顫《ふるへ》は漸く薄らいだが恐怖は却つてはつきりした知覚を以て彼を脅《おどか》した。彼が拘禁された留置場は三畳の独房であつた。戸口が一つあるきりで四方は天井の高い壁で囲つてある。息抜きの窓が奥の方の手も届かない処に切られてあるが、夜は戸をしめてしまふ。黴と湿気と挨の臭がごつちやになつた、異様に臭さい部屋である。六月の末でもあるから莚の様な蒲団もさほど苦にもならず、いろ/\の悲しみ、歎き、憤りを載せて、幾十百人の惨苦の夢を結ばせた、其の堅い蒲団の上に彼も亦其身を横へて居るのであるが、一度去つた眠りは容易に
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