度前後に上昇する。太平洋やオホツク海にあって年を経た春鰊は、その頃になると、大群をなして本島の西海岸さして「群来《くき》る」のだ。鰊に従って移動する鴎の群れがまずそれに先行する。空は連日乳白色にかきくもり、海の水は雄鰊の排出する白子のために米磨ぎ汁を流しこんだように青白色に濁ってくる。
 周旋屋の手を経て募集された漁夫たちが、津軽及道内の各地から全部あつまった夜、大丸の旦那の家の大広間では安着祝があった。
 正面の神棚には燈明が赤々とともっている。漁夫たちは真新しい青畳に気をかねながら、もり上った股をきちんと揃え、節くれ立った両手をその上において窮屈そうに坐った。仕事着のままのもあり、わざわざその日のために持って来たらしい小ざっぱりとした着物を着こんだのもいた。船頭、下船頭が上座にすわり、漁夫がそれにつづき、陸廻《ボエマワ》し、炊事夫《ナベ》が一番下座だった。漁夫たちはむっつりとふくれた顔をし、案外元気がなかった。
「前借りなんぼした?」
「うん、……八十両よ。あと十両しかのこんねえで。汽車賃にも足りなかんべえよ。」
 あっちこっちでがやがやと、となり同志で話し合った。みんな金のはなし
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