も我慢のできない間の抜けたものに見えて来て、漁場主はじりじりと狂暴な怒りをあおり立てられるのであった。口をきわめて罵倒の言葉を浴せながら、だがその声はなぜかうつろな響を立てていた。卑屈な帳場の姿にじつは自分自身の姿を認め、そのために一層はげしくかき立てられる怒りであることを漁場主自身は知る由もなかったのである。――そうしているあいだにも執念く彼の頭にこびりついてはなれないものは、毎年鰊漁のはじまる前には、必らず出かける、そして今年も一月早々雪のなかを出かけて行った小樽の町の、その町じゅうで一番の海産物問屋大山のことであった。ぎりぎりといつのまにか二進も三進もいかぬまでに自分を締めつけてしまった、逢えば愛想のいい、金にかけてはしかし糞虫のようにきたない大山の親爺のことであった。――
 この地方は北海道随一の鰊の豊漁地として知られてい、鰊場の漁業権もしたがって高価で、大丸もそのためには十万円に近い金を出していた。それとは別にそこに固定している資本は、建網、枠網、漁船、漁具、建物など、これもしめて十万円は越していた。次に毎年の仕込資金はといえば、漁夫の給料、その食費、それから鰊の製造費等、こ
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