。」
 みんなは箸を休めて、鼻も口も図抜けて大きいこの男のまるい顔を仰ぎみた。何を彼が言いだすか、本能的に彼らは知っているように見えた。
「みんなも聞いて知ってるとおり、ことしは九一がねえってこったが、そんなベラボーな話はねえと俺アおもう。時化で損したからって、そりゃおれたちの知ったことじゃねえからな。」と山本はいいはじめた。「それでじつはみんなに相談があるんだ。湯のなかで屁をこくようにかげでぶつぶつ不平を言ってたっていつまでもラチのあくこっちゃねえ。そんで帳場の野郎なんぞに話してみたって仕方もあんめえから、じかに旦那にぶつかってかけあって見ようじゃねえか。」
 源吉は固唾を呑んで山本の顔を仰ぎ見た。虱をつぶしたり、ざれ言をいって高笑いをしたりする時の彼ではなかった。閃めく光りのようなものがその眉宇のあたりを走るのを源吉は見た。肩幅の広い頑丈な彼の上半身が銅像のように大きく見え、ぐっと上からのしかかってくるようにおもわれた。――うれしがって箸で机をたたいたり、茶碗をカチャカチャ鳴らしたりするものがあった。山本はなおもつづけた。
「今年は大漁だもんで、ひとつ一人あたま五十両ぐれえの九一金
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