ということだった。――さきの六助や木村音吉の場合は、直接には自分自身の問題ではない、他人のことなのですぐ忘れてしまえたが、こんどの問題は一人のこらず全部のものに直接ひびく事がらだった。漁夫たちのなかには帰りの旅費すら持って来ないものがあった。そういうものはみなこの九一による賞与金をアテにしているのだった。それがもらえないとすると家へも帰れなかった。
ついに一人が思い切って、じかに船頭にぶつかって事の真偽を問いただしてみた。船頭は言を左右に濁したが、(彼ら親方は旦那から特別賞与がもらえるのだ)その時の船頭の狼狽ぶりと、当惑しきった顔つきから、人々はうわさがほんとうであると断定したのである。
漁夫たちはわきたった。仕事も手につかない様子だった。――そうした漁夫たちの動きを、だまって、考えぶかそうな目をしてじっと見ているのが、山本だった。
ある日、朝飯の時だった。(船頭、下船頭は帳場と一緒に事務所で、お膳つきで飯を食うことになっていて、ここにはいなかった)食事がおわりかけたころ、飯台の端の方に坐っていた山本が、突然立上って口を切った。
「おいみんな、ちょっとはなしがあるんだが聞いてくれ
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