の間に行われた漁獲物の分配制度で、漁獲物の水揚の都度、漁場主に九割、漁夫に一割を配当するものだった。しかし漁夫は自分たちに分配された生鰊を、漁場主のために働く時間の余暇をもって加工製造しなければならず、そういうことは事実上不可能の場合がおおく、結局は腐らしてすててしまうことになるのである。それらの事情のために、九一制度はいつか変形し、終漁の際における漁場主の漁夫にたいする賞与の方法になってしまったのである。しかしそれは契約書にも明記されず、いわば不文律で、その額のごときも漁場主の一存に任せられているのだった。一人当り二十円のこともあり、三十円のこともあった。
 漁夫たちはよるとさわるとそのうわさの真偽について語りはじめた。飯を食うときや、寝てからの床のなかや、ついには仕事中にさえ各自勝手な意見をもち出して憶測した。「一体《いってえ》、誰がどっから聞いてきたんだ?」とひとりが怒ったようなこえを出して言つた。みんながいううちでいちばんもっともらしいのは、あるとき帳場がものかげで、船頭にその話をして相談をかけているのを一人が聞いたということだった。時化で損害を蒙ったから、というのがその理由だ
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