ところに来たことのない帳場が、飯台にズラリとならんで飯を食っている漁夫たちのところへやって来た。
 「お前たちこんどの六助のことで不平を言ってるようだが、」と彼は言った。「そんなこというなア罰あたりっていうもんだぜ。六助には全部前貸してあったんだから、こっちが大損なんだ、それを旦那は俸引になすってそのうえ特別に三十円も下すったんだ。第一お前たちの入れている契約書にゃ、労務中死亡したるときの慰謝料は金一封とあって、それはみんな旦那一人のお思召にあるこったからな。多いの少ないのって言えたこっちゃねえ。それはお前達も承知のはずだ。」
 漁夫たちはだまりこんだまま飯を食っていた。腹は立ちはするものの、直接自分自身の問題でないだけに、どうでもいいとおもっているのだった。――源吉はしかしだまってはすませないものをかんじた。夜、そっと山本に耳うちして帳場をなぐっちまおうとおもうがどうだ、と言った。山本はいかにも源吉らしい考えだといって笑った。「帳場をなぐったってどうなる。お前が追い出されるまでのことよ。そして追い出されたらただではすまねえぜ。給科はふいになるし、前借した金にゃ一ケ月三分の利子つけて、
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