るのであった。
四
漁夫達は雇われるときにはみんな一様に雇傭契約書に署名して判をおしていた。その契約書の内容がどんなものであるかを、彼らはしかし一向に知らないのだった。それは美濃判紙三枚にむずかしい漢字まじりで印刷してあった。一通りよんで説明してもらったぐらいではわからないことがおおかった。判を押せといわれたから押したまでのことだった。しかしその契約書の内容というものが、決して一片の形式的な閑文字ではなくて、どんなに密接な関係において彼らの生活に直接結びついているものであるかということを、彼らはその後機会あるごとに思い知らなければならなかったのである。
四月も半ばをすぎたある夜、漁夫たちは沖に出ていた。
丁度鰊汲みの真最中だった。
風にまじって霙が降ってきた。
その日は朝から生温かい西風が吹いて気温がぐっとあがり、絶好の鰊ぐもりだった。「鰊は風下に落つ。」ということが漁夫たちの間には信じられていた。彼らは勇躍して海に出て行った。はたして日没頃から鰊は網にのって来た。
しゅっしゅっと音を立てて霙は横なぐりに顔を打った。したたり落ちる雫をぬぐおうともせず
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