、漁夫たちは鰊の大群と組み合っていた。
瞬時に風は西の疾風となって吹きつけて来た。真暗闇の海の底が、遠い遠い沖の彼方からとどろとどろに鳴りひびきその音は次第に高く近くなり、大風が谷間に落つるときのような音を長くひいて過ぎて行った。親舟の腹にうちつける波の音が次第に大きくなってきた。
時化だ。
ここの海岸は西に面しているので、西から吹きつける疾風の時には大時化になることはわかっていた。漁夫たちはしかしすぐに引きあげるわけにはいかなかった。こういう時に一切の采配をふるう船頭の口は堅くとざされたままである。「鰊乗網中ハ風浪ノ危険ヲ犯シ、云々」の契約書の文言を彼は固く守っているのかも知れない。漁で沖合に碇泊中はたとえ時化になったからといって、すぐに上陸するということは船頭仲間の恥じとされている、という理由もあったろう。――それに今はちょうど鰊が網にのっているのだ。鰊汲舟は鰊で充たされていた。すくなくともその鰊を枠網に詰め終るまでは引きあげるわけにはいかぬ。
――ほんとうに大きな波は音も立てずに来た。舟のなかの身体が軽く持ち上げられたかとおもうと、すーっと山の頂上に押しあげられて行き、次
前へ
次へ
全53ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島木 健作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング