三

 朝、赤毛布の前掛けに、大丸の屋号をそめ抜いた手ぬぐいの鉢巻姿で、漁夫たちは浜べに出そろった。まず除雪作業だ。廊下(漁舎のこと)を中心とする数十間の地の積雪は、屈強な男たちの担ぐ畚《もっこ》に運ばれて、またたく間に除かれてしまった。きれいに掃き清められた浜べには、蔵の中から持ち出された建網と枠網が拡げられた。前の年に漁がおわると、柿渋をほどこして格納しておいたものだが、この一年の間に鼠喰いがないか、縄ずれがないか、擦り切れがないか、雨蒸れで脆弱になった箇所はないか、と一々詳しく調べるのである。枠網は一名財産袋ともいう。建網でとらえた鰊を「汲み」あげて枠網に入れ、親舟につないで陸に曳航するものだけに、枠網に少しの破損箇所でもあれば折角つかんだ「財産」はそこからみんな逃げ出してしまう。それだけに枠網の検査は厳重にしなくてはならぬ、船頭は、「枠網履歴書」を手にし、新調の網をおろしてから今日にいたるまで網の歴史をしらべ、それによって修理箇所をさがして行く。「……コノ日、北風強ク時化トナル。鰊ヲ枠ヘ詰メ終リ小蒸気船ニ曳カシメ××港内ニ避難ス。ソノ際、障害物ノ摩擦ニ
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