しも変ったところがなかった。夜の犯人が彼だとしては、彼は余りにも平気すぎた、余りにも悠々としすぎていた。私はある底意をこめた眼でじーっと真正面から見てやったが、彼はどこ吹く風といったふうであった。
 しかし母は譲らなかった。
 或る晩、台所に大きな物音がした。妻は驚いて飛び起きて駆け下りて行った。いつもよりははげしい物音に私も思わず聴耳を立てた。音ははじめ台所でし、それからとなりの風呂場に移った。物の落ちる音、顛倒《てんとう》する音のなかに母と妻の叫ぶ声がしていた。
 やがて音は鎮まった。
「もうだいじょうぶ。あとはわたしがするからあんたはもう寝なさい。」
「大丈夫ですか?」
「だいじょうぶとも。いくらこいつでもこの縄はどうも出来やしまい。今晩はまアこうしておこう……やれやれとんだ人騒がせだ。」
 母の笑う声がきこえた。
 妻が心もち青ざめた顔をして上って来た。
「とうとうつかまえましたよ。」
「そうか、どいつだった?」
「やっぱり、あの黒猫なんです。」
「へえ、そうか……」
「おばあさんが風呂場に押し込んで、棒で叩きつけて、ひるむところを取っておさえたんです。大へんでしたよ……あばれ
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