て……えらい力なんですもの。」
「そうだろう、あいつなら。……しかしそうかなあ、やっぱしあいつだったかなあ……」
 猫は風呂場に縛りつけられているという。母は自分でいいようにするからといっているという。若い者には手をつけさせたがらないのだが、そうでなくても妻などは恐がってしまっている。秋の夜はもうかなり冷える頃であった。妻は寒そうにまた寝床に這入った。
 私はすぐには眠れなかった。やはり彼奴であったということが私を眠らせなかった。そう意外だったという気もしなかったし、裏切られたという気もしなかった。何だか痛快なような笑いのこみあげてくるような気持だった。それは彼の大胆不敵さに対する歎称《たんしょう》であったかも知れない。そういえば彼奴ははじめから終りまで鳴声ひとつ立てなかったじゃないか。私は今はじめてそのことに気づいた。すぐ下の風呂場にかたくいましめられている彼を想像した。母はもう寝に行ってしまっている。風呂場からは声もカタリとの物音もしなかった。逃げたのではないかと思われるほどであった。
 翌朝母は風呂場から引きずり出して裏の立木に縛りつけた。
「お母さんはどうするつもりなんだ?」

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