黒猫
島木健作

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)稀《まれ》だし

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)円形の暗色|斑文《はんもん》が

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)もっさり[#「もっさり」に傍点]
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 病気が少しよくなり、寝ながら本を読むことができるようになった時、最初に手にしたものは旅行記であった。以前から旅行記は好きだったが、好きなわりにはどれほども読んでいなかった。人と話し合って見ても旅行記は案外読まれていず、少くともある種の随筆などとはくらべものにはならぬようであった。自分にとって生涯関係のありそうにもない土地の紀行など興味もなし、読んで見たところで全然知らぬ土地が生き生きと感ぜられるような筆は稀《まれ》だし、あるなつかしさから曾遊《そうゆう》の地に関したものを読むが、それはまたこっちが知っているだけにアラが眼につく、そういうのが共通の意見であるようだった。私自身も紀行の類《たぐい》を書きながら、こういうものを一体誰が読むだろう、そう思って自信を失ったおぼえがある。それが今度長く寝ついて、誰より
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