ど。丁度おばあさんが起きた時だったので。」
「猫はどいつだい?」
「それがわからないの。あの虎猫じゃないかと思うんだけれど。」
 うろついている猫は多かったからどれともきめることはできなかった。しかし黒猫に嫌疑をかけるものは誰もなかった。
 次の晩も同じような騒ぎがあった。
 それで母と妻とは上げ板の上にかなり大きな漬物石を上げておくことにした。所が猫はその晩、その漬物石さえも恐らくは頭で突き上げて侵入したのである。母が飛んでいった時には、すでに彼の姿はなかった。私は「深夜の怪盗」などと名づけて面白がっていた。しかし母と妻とはそれどころではなかった。何よりも甚だしい睡眠の妨害だった。
 そこで最初に、犯人の疑いを、あの黒猫にかけはじめたのは母であった。あれ程大きな石を突き上げて侵入してくるほどのものは容易ならぬ力の持主である。それはあの黒猫以外ではない、と母は確信を持っていうのである。
 それはたしかに理に合った主張だった。しかし当の黒猫を見る時、私は半信半疑だった。毎晩そんなことがあるその間に、昼には黒猫はいつもと少しも変らぬ姿を家の周囲に見せているのである。どこからどこまで彼には少
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