うに逃げてゆく。そうして腐った落ち柿などを食っている。猫は彼等ほど卑屈ではないがコソ泥以上に図々しくなってしまった。人間がいることなどは平気で家のなかを狙う。畳の上に足跡をつけて部屋を駆け抜ける。昔を思い出してか座蒲団《ざぶとん》の上に長まっていたりする。そのくせ人間の眼を見ると必ず逃げる。
そんな時に彼奴が現れたのだ。
其奴の前身は誰も知らなかった。大きな、黒い雄猫である。ざらにいる猫の一倍半の大きさはある。威厳のある、実に堂々たる顔をしている。尾は短かい。歩き去る後姿を見ると、その短かい尾の下に、尻の間に、いかにもこりこりッとした感じの、何かの実のような大きな睾丸《こうがん》が二つ、ぶらぶらしない引き締った風にならんでいて、いかにも男性の象徴という感じであった。欠点をいえばただ一つ、毛の色だった。それが漆黒であったら大したものだろう。しかし残念ながら黒猫とはいっても、灰色がかったうすぎたなくよごれたような黒であった。その色を見ると、やはり野良猫に成り下る運命にしかなかったかと思わせる。
彼は決して人間を恐れることをしなかった。人間と真正面に視線が逢っても逃げなかった。家のなか
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