フラ」の甲板に出で、左に烟《けむり》のごときアフリカ大陸を眺め、右に果しなき大海原を見渡し、夜は月なき限り、早くより船底の寝室に閉じこもって眠る。かかる間にブランコ岬の沖を過ぎ、昔は妖女住みしと云うシエルボロ島の間を抜け、航海三十五日目にして寄港せしはアフリカ南端のテーブル湾なり、ここにて船は飲水食料等を充分に補充し、いよいよ同湾を去ってさらに南へ向えば、もはや右を見るも左を見るも陸の影はなく、振り返れどアフリカ大陸の影さえ消えて、前途は渺茫として水天につらなるのみ、余は何となく心細き感に打たれたり。
 かくてアフリカの尖端テーブル湾を去って五日ほど過ぎ、風なぎて船脚きわめて遅くなりし夕暮、余は甲板上の前檣《ぜんしょう》にもたれて四方を見渡すに、眼に入るかぎり船もなく島もなく、ただ気味悪きほどの蒼き波間《なみま》に、一頭の巨鯨の潮ふけるが見ゆるばかり、かかる光景を見ては、いかなる人といえども一種名状すべからざる寂寞の感に打たるるものなり、今船はいかなる状態にていかなる方角に進めるやも分らず、余は意気地なきようなれど、心細さは次第々々にましてついに堪らず、おりから面前に歩み来れる船長に向
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