化石にもあらず、また凍結せしものとも思われず、このへん地球の果の不可思議なる大気の作用にて、彼の巨船中のものはただに人間のみならず、珍宝も貨財もすべてあらゆる物、昔の形と少しも異《かわ》る処なく、実に美わしき一種の固形体と化して残りおるなり、されど余はそれらの物を眺めおるうちに、真に名状すべからざる寂寞を感じたり、寂寞はやがて恐怖と化せり、もはや長く船内に留まるあたわず、逃ぐるように巨船の甲板上に出て見れば、余の帆船はすでにことごとく一団の火焔となり、火勢はその絶頂を過ぎてこれより漸々《ぜんぜん》下火にならんとす、余は呆然として船首より船尾へと走りしが、炎々《えんえん》と閃めく火光にふとこの巨船の船尾を見れば、そこには古色蒼然たる黄銅をもって、左の数字を記されたり。
『瑠璃岸国の巨船[#「瑠璃岸国の巨船」に白三角傍点]』
『オオ、何等の怪事ぞ!』と余は絶叫せり、余は学者にあらねば詳しき事は知らねど、かねて耳にせる事あり、これ世界の歴史がなお黒幕におおわれたりし時代、アフリカ西岸に古代の文明を集めたる瑠璃岸国のある好奇《ものずき》なる国王が、世界を経めぐらんとの望みを起して一大巨船を造り
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