らば、この船のほか頼むべき物なきに、ついにこの船を焼けり、余は寒さにたえずして余の生命を焼けるなり、かく心付《こころづ》くとともに、余はあわててその火を消さんとせしが、この火を消さば、余はただちに凍えて死なん、この火のある間がすなわち余の生存期間なり、余の身体はようやく暖かくなれり、されど余の胸のうちは苦悶のために焦《こ》げるようなり、とかくする間に火は船尾の方より甲板上に燃え抜けたり、余は夢中に船尾より船首に向って走る、火はあたかも余の後を追うよう、見る間に甲板上に燃え拡がれり、もはや行くに処なし、寒気のために凍死《こごえし》なんとせし余は、今や猛火のために焼死なんとするなり、余は天に叫べり地に哭《な》けり、眼は独楽《こま》のごとく回転して八方を見まわすに、船を焼く火の光高く燃えあがるにしたがい、暗黒なりし天地もようやく明るくなり、たちまち余の眼に入りしは彼の一大怪物の正体! 炎々天を焦す深紅の焔に照らしてよく見れば、そは古色蒼然たる一種不可思議の巨船なりき、まったく近世においては見るあたわざる古代風の巨船なりき、思うに余の帆船《ほまえせん》と同じようなる運命にて、何時の頃かこの地球
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