て異らざりしか、その暗き間に、余は忽然として一大怪物を見出せり、何等の怪! 何等の奇! 怪物は余が帆船の右舷とほとんど触れんばかりに相列び、その動かざる事山のごとく、その形もまた巨山《おおやま》のごとき黒き物なり、大氷山か? 大氷山か? あらず、大氷山ならば白きはずなり、余は怪訝《いぶかり》にたえず、眼を皿のようにして見詰めしが、暗々陰々《あんあんいんいん》として到底その正体を見究むるあたわず、かかる間にも寒気はますます加わり、もしこのままにてなお十分間を過さば、余はついに凍え死ぬべし、ああいかにしてこの寒さを防《ふせ》がん、数十枚の毛布はすでに着尽したり、もはや着るべきものは一枚もあらず、余は血走る眼《まなこ》に四方を見まわせしが、フト一策の胸に浮ぶやいなや、狂獣のごとく走って船底に飛び降り、いまなお消え残る一個の船燈を取るより早く、燈を砕き油を船中に振撒《ふりま》いて火を放てり、●
 悪魔の舌のごとき焔は見る間に船中を這いまわり、続いて渦巻く黒煙とともに猛火は炎々と立ち昇る、余は甲板上に飛出したり、オオ余は我船を焼けり、我船を焼けり、もし地球の果よりふたたび人間世界に帰らんとするな
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