船の走る事はますます速く、船の進むにしたがい寒気はいよいよ激しく我身に迫る、余はついにたえずふたたび船底に逃げこみしが、余の腹は飢えたりといえどももはや食を取らんとは思わず、ただちに船尾の倉庫に駆《か》けつけ、あくまで着たるが上にもさらに毛布を重ねたり、されどなお寒さは凌《しの》ぐあたわず、一刻々々あたかも時計の針の刻み込むごとく寒気の増しゆくは、船の一刻々々大氷山に近づくゆえならん、その寒さの増すにしたがい、余はかたわらに、積まれたる毛布を取って、十分に一枚、九分に一枚、八分に一枚、ついには三分間に一枚ずつ重ね、数十枚の毛布《けっと》を着尽したり、今は着るべきものもあらず、身はさながら毛布の山に包まれしがごとく、身動きも出来ずなったれど、寒さはなおやまず、●
 いな、以前よりも激しき速度をもって増し来る、肉もちぎれるようなり、骨も凍るようなり、オオこの寒さをいかにして忍ばんと、余は堪えがたき苦痛に、狂うがごとくそのへんを走り回りしが、足はいま中部船底より船首船尾に至らんとせし一刹那なり、あたかも全船砕くるごとき響きとともに、船は急に停止せり、続いてビリビリと船の何物にか乗りあぐる音、
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