はら》む大檣の帆をすら降さば、船は停止せぬまでもその進行|緩《ゆるや》かにならん、進行の緩かとなるは、それだけ余の死期の遅くなるゆえと、余は仰いで大檣の帆を眺めしが、帆は高くして張り切るばかり、帆綱さえ激しく檣桁《ほげた》に巻きつきたれば、元来水夫にはあらぬ余の、いかでかこの大暴風《おおあらし》に帆を降す事を得べき、熟練せる水夫といえども、この場合|檣《ほばしら》の上一間以上昇らば、魔神のごとき疾風に吹飛ばされて海中に落ちん、かかる疾風に追われて、船はいまじつに想像する事も出来ぬ速力にて走りおるなり、走ると云わんよりは飛べるなり、天空を飛べるか海上を走れるかほとんど分らず、泡立つ波、舞いあがる水煙はあたかも雲ににたり。


      十

 時にたちまち見る、暗憺たる海上に一道の光ゆらゆらと漂うを、オオ光! 光! この場合光ほど懐かしきものはなし、あれは太陽がふたたび[#「ふたたび」は底本では「ふただび」]我が眼前に現われしかと見直せば、何時の間にかその光は波間に消えて跡もなし、これ南極にときどき現われると云う、海上の燦火《ホスポラス》ならん、余はもはや絶望の声も出でず、かかる間にも
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