氷山ありと云う、その氷山こそが余の最期の場所ならん。
およそ二三十分して余はまた寒気にたえずなれり、今までの着物にてはとてもしのぶあたわず、余はその上にさらに数枚の毛布を重ねたり、毛布を重ねつつ耳を澄ませば、あら不思議! いままでは舷を敲くものはただ波の音のみなりしが、二三分以前より打ち寄する波とともに、たえずゴトンゴトンと舷にあたるものあり、難船の破片か怪獣か、なんにしても訝《いぶか》しき事よと、余は恐くはあれど再び甲板に出でて見れば、天地は依然として昼とも夜とも分らぬ光景なり、余は吹き来る暴風に吹飛ばされてはたまらず、また打上ぐる波に呑去られてはたまらずと、海賊の巨魁《きょかい》が身を縛して死しいる大檣にシカと縋付《すがりつ》いて眺むるに、暗憺《あんたん》な海上には海坊主のごとく漂える幾多の怪物見ゆ眼を定めて見れば、怪物と見えしは、これ小舟のごとき多くの氷塊なり、この氷塊の流れおるを見ても、船のすでに南氷洋の奥深く来りし事を知るに足らん、大氷山ははやまぢかなり、地球の果ははやまぢかなり、余はいかにもしてそこに到らぬ前に船を停めんと苦心焦慮せり。オオこの風! この風! この風を孕《
前へ
次へ
全36ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
押川 春浪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング