云えば、風はまたますます激しきを増し来りしようなり、海は泡立ち逆巻き、怒濤はふたたび甲板に打ち上げ来って、巨浪《きょろう》は余を呑み去らんとす、風さえ余を吹飛ばさんとす、余はあまりの恐ろしさに堪えず、思わず船底に逃げこめり。


      九

 船底に逃げこみ、昇降口の蓋《おおい》を閉せば、その陰鬱なる事さながら地獄のごとし、しかり、ここはたしかに地獄なり、余の頭上にあたる甲板上には、今なお身を大檣《たいしょう》に縛《ばく》せるまま死せる人間もあるにあらずや。
 船底は前にも云えるがごとく、昇降口の破れ目より打ちこみ来りし海水に濡れて、ほとんど坐るに所もなし、余は何よりも寒さに堪えねば急ぎ衣服を着替えんと余のトランクを開くに、幸い衣服は濡れずにあり、ただちに濡れたるを脱いで新しきを身に着《つ》けしが、二枚や三枚にては到底寒気を防ぐあたわず余はトランク中のすべての衣服を着尽したれど、なお寒さをしのぐあたわず、毛布は着んにもすでに濡れたり、いかがはせんと思案せしが、ヨシヨシ船尾の方にあたる倉庫中には、たしかに船員の衣類があるはずなりと、余はただちにそこに走り、なお消えやらで天井に懸りい
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