絶望! 絶望! 余はほとんど狂せんとせり、いかにもして地球の果には行きたくなし、それには船を停めざるべからずと、夢中に走って船首に至り、平常ならばとても一人で動かす事も出来ぬ大錨を、双手に抱きあげて海中に投げ込めり、されど猛獣のごとく走れる船を、錨にて停めんとするはなんらの痴愚ぞ、錨は海底に達せざるに、錨綱にフッと切れて、船の走る事いよいよ急なり。
 唯一の錨もすでに海底に沈めり、余は絶望のあまり甲板に尻餅つきしが、しばらくして心つけば、余の全身は板のごとくなりいたり、なにゆえぞと問うなかれ、余は先刻よりあまりの驚きと悲しみのために、今まではそれに思い至らざりしが、この辺海上の寒気の激しさよ! 吐《つ》く息もただちに雪となり凍《こうり》とならんばかりにて、全身海水に濡れたる余の衣服は、何時の間にか凍りて板のごとくなりしなり、衣服はすでに甲板に凍りつきて立たんにも容易に立つあたわず、余はむしろこのままに凍え死なん事を望めり、されどまた多少の未練なきにあらず、容易に立つあたわざるを無理に立てば、氷は離れずベリベリと音して衣服は破れたり、露出《むきだ》されたる余の肌に当る風の寒さよ、オオ風と
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