るる事だけは防ぎしならん、されど人を殺せし天罰は免かるるあたわず、幾度か打寄する巨浪《おおなみ》のために呼吸はとまり、船具の破片等にその身を打たれて、身体を大檣に縛りつけしまま他界の鬼となりしならん、かく心づいて見れば、彼の額や胸の辺りには幾多の打撲傷あり、今や血の痕もなけれど、傷口は海水に洗われて白くなり、かえって物凄き感をあたう、その他の海賊等は云うまでもなく巨浪《きょろう》に呑み去られしものならん。


      八

 余はこの惨憺たる光景を見て、じつに名状すべからざる悲哀に打たれたり、およそ三十分間ばかり呆然と甲板上に立って四方を見渡すに、見渡すかぎり果しなき大海原にて、島も船も見えぬ事は、余が気絶以前と少しも異らねど、天地の光景はその時より数倍淋しく物凄くなれり、ここはいなかる海上なるや分らぬは云うまでもなく、船は今いかなる方角に向って走りつつあるやも分らず、羅針盤を見んにも羅針盤はすでに砕けたり。
 それよりもなお心細きは、今は昼なるや夜なるや分らぬ事なり、時計はとまり、空を眺むるも太陽は見えず、また星も月も見えず、四方は真暗と云うにはあらねども薄暗く、空はあたかも泥を
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