發明《だいはつめい》――一|大《だい》帆走船《ほまへせん》――三十七|名《めい》の水兵《すゐへい》――化學用《くわがくよう》藥品《やくひん》、是等《これら》から思《おも》ひ合《あは》せると朧《おぼろ》ながらも想像《さうぞう》の出來《でき》ぬ事《こと》はない。今《いま》や世界《せかい》の各國《かくこく》は互《たがひ》に兵《へい》を練《ね》り武《ぶ》を磨《みが》き、特《こと》に海軍力《かいぐんりよく》には全力《ぜんりよく》を盡《つく》して英佛露獨《エイフツロドク》、我《われ》劣《をと》らじと權勢《けんせい》を爭《あらそ》つて居《を》る、而《しか》して目今《もくこん》其《その》權力《けんりよく》爭議《さふぎ》の中心點《ちゆうしんてん》は多《おほ》く東洋《とうやう》の天地《てんち》で、支那《シナ》の如《ごと》き朝鮮《テウセン》の如《ごと》きは絶《た》えず其《その》侵害《しんがい》を蒙《かふむ》りつゝある、此時《このとき》に當《あた》つて、東洋《とうやう》の覇國《はこく》ともいふ可《べ》き我《わが》大日本帝國《だいにつぽんていこく》は其《その》負《お》ふ處《ところ》實《じつ》に重《おも》く一|方《ぱう》東洋《とうやう》の平和《へいわ》を保《たも》たんが爲《た》め、他方《たはう》少《すくな》くとも我國《わがくに》の威信《ゐしん》を存《そん》せんが爲《た》めには非常《ひじやう》の决心《けつしん》と實力《じつりよく》とを要《えう》するのである。然《しか》るも我國《わがくに》の財源《ざいげん》には限《かぎり》あり、兵船《へいせん》の増加《ぞうか》にも限度《げんど》あり、國《くに》を思《おも》ふの士《し》は日夜《にちや》此事《このこと》に憂慮《ゆうりよ》し、絶《た》えず此點《このてん》に向《むか》つて策《さく》を講《こう》じて居《を》る。櫻木海軍大佐《さくらぎかいぐんたいさ》は元來《ぐわんらい》愛國《あいこく》慷慨《かうがい》の人《ひと》、甞《かつ》て北海《ほくかい》の※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]船《きせん》で面會《めんくわい》した時《とき》も、談話《だんわ》爰《こゝ》に及《およ》んだ時《とき》、彼《かれ》はふと衣袋《ポツケツト》の底《そこ》を探《さぐ》つて、昨夜《さくや》旅亭《りよてい》の徒然《つれ/″\》に作《つく》つたのだと言《い》つて、一|篇《ぺん》の不思議《ふしぎ》な新體詩《しんたいし》を示《しめ》された。猛《たけ》き武人《ものゝふ》の風流《ふうりう》の道《みち》は、また格別《かくべつ》に可笑《をか》しいではないか。
其《その》詩《し》は斯《か》うだ。
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月《つき》高《たか》く、風《かぜ》は寢《ねむ》れる印度洋《インドやう》。 鏡《かゞみ》の如《ごと》き海《うみ》の面《おも》に。
俄《にはか》に起《おこ》る水《みづ》けぶり。 鯨※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]《げいがく》は吼《ほ》え、龍《りよう》跳《をど》る※[#感嘆符三つ、49−9]
見《み》よ、巨浪《なみ》は怒《いか》りて天《てん》を※[#「如/手」、第4水準2−13−8]《さ》き。 黒雲《こくうん》低《ひく》く海《うみ》に埀《た》る。
閃《きらめ》くは電《いなづま》か、轟《とゞろ》くは雷《いかづち》か。 砲火《ほうくわ》閃々《せん/\》、砲聲《ほうせい》殷々《いん/\》。
見《み》よ、硝煙《せうえん》の裡《うち》をぬけ。 月《つき》の光《ひかり》を耻《は》ぢ顏《がほ》に。
波濤《はたう》を蹴《け》りて數百《すうひやく》の。 艨艟《まうしやう》旗《はた》を捲《ま》きて北《に》ぐ。
逃《のが》るゝ鯨※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]《げいがく》、追《お》ひ行《ゆ》く飛龍《ひりう》!。 飛龍《ひりう》は勇《いさ》み鯨※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]《げいがく》は。
青息《あほいき》ならぬ黒烟《こくえん》を。 吐《は》きて影《かげ》をば隱《かく》しけり。
かの鯨※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]《げいがく》ぞ、天《てん》の涯《はて》。 はた地《ち》の角《かく》に至《いた》る迄《まで》。
凡《およ》そ波濤《はたう》の打《う》つところ。 凡《およ》そ珍寳《ちんぽう》の在《あ》るところ。
山《やま》なす浪《なみ》を船《ふね》となし。 千里《せんり》の風《かぜ》を帆《ほ》となして。
跳梁跋扈《てうりやうばつこ》厭《あ》き足《た》らぬ。 かの歐洲《をうしう》の聯合艦隊《れんがふかんたい》※[#感嘆符三つ、50−8]
飛龍《ひりう》[#ルビの「ひりう」は底本では「ひりよう」]は何《なに》ぞ、東洋《とうやう》の。 鎖鑰《さやく》を握《にぎ》る日出《につしゆつ》の。
光《ひかり》を海《うみ》に輝《かゞや》かす。 其《その》名《な》も高《たか》き日本艦隊《につぽんかんたい》※[#感嘆符三つ、50−10]
それ日本《につぽん》は東洋《とうやう》の。 飛龍《ひりう》に似《に》たる一小邦《いつせうはう》。
それ歐洲《をうしう》は、鯨《げい》よりも。 はた※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]《がく》よりも最《いと》猛《たけ》き。
宇内《うだい》を睥睨《にら》む。 一大《いちだい》洲《しう》。
いぶかしや。
大《だい》は破《やぶ》れて、小《せう》は勝《か》つ。 何故《なにゆゑ》ぞ※[#疑問符感嘆符、1−8−77]
聽《き》け。 敗將《はいしやう》の言《い》ふところ。
彼《か》れ艦橋《かんけう》に昇《のぼ》り行《ゆ》き。 星《ほし》を仰《あほ》ぎて嘆《たん》ずらく。
我《われ》に百萬《ひやくまん》の巨艦《きよかん》あり。 雲霞《うんか》の如《ごと》き將士《しやうし》あり。
砲《ほう》あり。 劔《けん》あり。 火藥《くわやく》あり。
何《なん》ぞ恐《おそ》れむ日本海軍《につぽんかいぐん》。 秋《あき》の木《こ》の葉《は》の散《ち》る如《ごと》く。
海屑《もくづ》となさん勢《いきほひ》に。 進《すゝ》むや、英《エイ》、佛《フツ》、獨《ドク》、露《ロ》艦《かん》。
思《おも》ひきや。 日本《につぽん》に不思議《ふしぎ》の魔力《まりよく》あり。
これ。 俄砲《ガツトリングほう》か。 あらず。
シエルブル[#「シエルブル」に二重傍線]の水雷艇《すゐらいてい》か。 あらず。
未《いま》だ見《み》ず。 未《いま》だ聞《き》かざる大軍器《だいぐんき》※[#感嘆符三つ、52−6]
風《かぜ》のごとく來《きた》り。 風《かぜ》のごとく去《さ》り。
鯱《しやち》の魚群《ぎよぐん》を追《お》ふ如《ごと》く。 エレキ[#「エレキ」に傍線]の物《もの》を打《う》つごとく。
見《み》よ、我《わが》艦隊《かんたい》を粉韲《うちくだ》く、 電光石火《でんくわうせきくわ》の大魔力《だいまりよく》※[#感嘆符三つ、52−9]
あゝ、 恐《おそ》るべし。 恐《おそ》るべし。
龍《りう》は眠《ねむ》れる日本海《につぽんかい》。 黒雲《こくうん》飛《と》べる東洋《とうやう》の。
空《そら》を劈《つんざ》く日《ひ》の光《ひかり》。 海《うみ》に潜《ひそ》める大軍器《だいぐんき》※[#感嘆符三つ、53−2]
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と言《い》ふ樣《やう》な文句《もんく》で、隨分《ずゐぶん》奇妙《きめう》な、恐《おそ》らくは新派《しんぱ》先生《せんせい》一派《いつぱ》から税金《ぜいきん》を徴收《とり》に來《き》さうな詩《し》ではあつたが、月《つき》明《あきらか》に、風《かぜ》清《きよ》き※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]船《きせん》の甲板《かんぱん》にて、大佐《たいさ》軍刀《ぐんたう》の柄《つか》を後部《うしろ》に廻《まは》し、其《その》朗々《らう/\》たる音聲《おんせい》にて、誦《しよう》じ來《きた》り誦《しよう》し去《さ》つた時《とき》には、私《わたくし》は思《おも》はず快哉《くわいさい》を※[#「口+斗」、53−6]《さけ》んだよ。勿論《もちろん》、其時《そのとき》は別《べつ》に心《こゝろ》にも留《と》めなかつたが、今《いま》になつて初《はじ》めてそれと[#「それと」に傍点]思《おも》ひ當《あた》る節《ふし》の無《な》いでもない。
何《なに》は兎《と》もあれ此《この》反古《ほご》新聞《しんぶん》の記事《きじ》によると、櫻木海軍大佐《さくらぎかいぐんたいさ》が此《この》秘密《ひみつ》なる旅行《りよかう》を企《くはだ》てたのは既《すで》に一|年《ねん》半《はん》も以前《いぜん》の事《こと》で、前《まへ》にもいふ通《とう》り私《わたくし》がまだ亞米利加《アメリカ》の[#「亞米利加《アメリカ》の」は底本では「亞利利加《アメリカ》の」]大陸《たいりく》を漫遊《まんゆう》して居《を》つた時分《じぶん》の事《こと》で、其後《そのゝち》、私《わたくし》は絶《た》えず旅《たび》から旅《たび》へと遍歴《へんれき》して居《を》つたので、此《この》珍聞《ちんぶん》を知《し》つたのも今《いま》が初《はじめ》てであるが、あゝ、大佐《たいさ》は其後《そのゝち》如何《いか》にしたであらう、遂《つひ》に其《その》目的《もくてき》を達《たつ》して再《ふたゝ》び日本《につほん》へ歸《かへ》つたであらうか。櫻木海軍大佐《さくらぎかいぐんたいさ》は其《その》性質《せいしつ》からいつても、かゝる擧動《きよどう》に出《い》でたのは大《おほい》に期《き》する所《ところ》があつたに相違《さうゐ》ない。爾《そ》してかれは一|度《ど》企《くわだ》てた事《こと》は其《その》目的《もくてき》を達《たつ》するまでは止《や》まぬ人《ひと》であるから、大佐《たいさ》が再《ふたゝ》び此世《このよ》に現《あら》はれて來《く》る時《とき》には必《かなら》ず絶大《ぜつだい》の功績《こうせき》を齎《もた》らして來《く》る事《こと》は疑《うたがひ》もない、されば櫻木大佐《さくらぎたいさ》が再《ふたゝ》び日本《につぽん》へ皈《かへ》つたものとすれば、其《その》勳功《くんこう》は日月《じつげつ》よりも明《あきら》かに輝《かゞや》きて、如何《いか》に私《わたくし》が旅《たび》から旅《たび》へと經廻《へめぐ》つて居《を》るにしても其《その》風聞《ふうぶん》の耳《みゝ》に達《たつ》せぬ事《こと》はあるまい、然《しか》るに今日《こんにち》まで幾度《いくたび》か各國市府《かくこくしふ》の日本公使館《につぽんこうしくわん》や領事館《りやうじくわん》を訪《おと》づれたが、一|度《ど》もそれと覺《おぼ》しき消息《せうそく》を耳《みゝ》にせぬのは、大佐《たいさ》は其《その》行衞《ゆくゑ》を晦《くら》ましたまゝ未《ま》だ世《よ》に現《あら》はれて來《こ》ぬ何《なに》よりの證據《しようこ》。あゝ、大佐《たいさ》は其後《そのご》何處《いづこ》に如何《どう》して居《を》るだらうと考《かんが》へるとまた種々《さま/″\》の想像《さうざう》も沸《わ》いて來《く》る。
此時《このとき》第《だい》二|點鐘《てんしよう》カン、カンと鳴《な》る。([#ここから割り注]船中の號鐘は一點鐘より八點鐘まで四時間交代なり[#ここで割り注終わり])
『おや、とう/\一|時《じ》になつた。』と私《わたくし》は欠伸《あくび》した。何時《いつ》まで考《かんが》へて居《を》つたとて際限《さいげん》のない事《こと》、且《か》つは此樣《こんな》に夜《よ》を更《ふ》かすのは衞生上《ゑいせいじやう》にも極《きわ》めて愼《つゝし》む可《べ》き事《こと》と思《おも》つたので私《わたくし》は現《げん》に想像《さうぞう》の材料《ざいりよう》となつて居《を》る古新聞《ふるしんぶん》をば押丸《おしまろ》めて部室《へや》の片隅《かたすみ》へ押遣《おしや》り、強《し》いて寢臺《ねだい》に横《よこたは》つた。初《はじめ》の間
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