海島冐檢奇譚 海底軍艦
押川春浪

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)海外《かいぐわい》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)二十|有餘箇月《いうよかげつ》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「さんずい+(宀/(「眉」の「目」に代えて「貝」))」、第3水準1−87−27]島武文

/\:二倍の踊り字(「く」を縱に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)おや/\變な味
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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        はしがき
一。太平洋の波に浮べる、この船にも似たる我日本の國人は、今や徒らに、富士山の明麗なる風光にのみ恍惚たるべき時にはあらざるべし。
光譽ある桂の冠と、富と權力との優勝旗は、すでに陸を離れて、世界の海上に移されたり。
この冠を戴き、この優勝旗を握らむものは誰ぞ。
他なし、海の勇者なり。海の勇者は即ち世界の勇者たるべし。
一。天長節の佳日に際し
  子爵  伊東海軍大將
      肝付海軍少將
  伯爵  吉井海軍少佐
  子爵  小笠原海軍少佐
      上村海軍少佐
各位の清福を賀※[#変体仮名し、はしがき−14]、つたなき本書のために、題字及び序文を賜はりし高意にむかつて、誠實なる感謝の意を表す。
一。上村海軍少佐の懇切なる教示と、嚴密なる校閲とを受けたるは、啻に著者の幸福のみにはあらず、讀者諸君若し此書によりて、幾分にても、海上の智識を得らるゝあらば、そは全く少佐の賜なり。
一。遙かに、獨京伯林なる、巖谷小波先生の健勝を祈る。
[#地から4字上げ]著者※[#変体仮名し、はしがき−20]るす
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[#ここから割り注]海島冐檢奇譚[#ここで割り注終わり]海底軍艦目次
 第一回 海外《かいぐわい》の日本人《につぽんじん》
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子ープルス[#「子ープルス」に二重傍線]港の奇遇――大商館――濱島武文[#「濱島武文」は底本では「濱鳥武文」]――春枝夫人――日出雄少年――松島海軍大佐の待命
[#ここで字下げ終わり]
 第二回 魔《ま》の日《ひ》魔《ま》の刻《こく》
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送別會――老女亞尼――ウルピノ[#「ウルピノ」に二重傍線]山の聖人――十月の祟の日――黄金と眞珠――月夜の出港
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 第三回 怪《あやし》の船《ふね》
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銅鑼の響――ビール樽の船長――白色檣燈――古風な英國人――海賊島の奇聞――海蛇丸
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 第四回 反古《ほご》の新聞《しんぶん》
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葉卷煙草――櫻木海軍大佐の行衞――大帆走船と三十七名の水兵――奇妙な新體詩――秘密の發明――二點鐘カーンカン
[#ここで字下げ終わり]
 第五回 ピアノと拳鬪《けんとう》
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船中の音樂會――鵞鳥聲の婦人――春枝夫人の名譽――甲板の競走――相撲――私の閉口――曲馬師の虎
[#ここで字下げ終わり]
 第六回 星火榴彈《せいくわりうだん》
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難破船の信號――イヤ、流星の飛ぶのでせう――無稽な――三個の舷燈――船幽靈め――其眼が怪しい
[#ここで字下げ終わり]
 第七回 印度洋《インドやう》の海賊船《かいぞくせん》
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水雷驅逐艦か巡洋艦か――往昔の海賊と今の海賊――潜水器――探海電燈――白馬の如き立浪――海底淺き處――大衝突
[#ここで字下げ終わり]
 第八回 人間《にんげん》の運命《うんめい》
[#ここから5字下げ]
弦月丸の最後――ひ、ひ、卑怯者め――日本人の子――二つの浮標――春枝夫人の行衞――あら、黒い物が!
[#ここで字下げ終わり]
 第九回 大海原《おほうなはら》の小端艇《せうたんてい》
[#ここから5字下げ]
亞尼の豫言――日出雄少年の夢――印度洋の大潮流――にはか雨――昔の御馳走――巨大な魚群
[#ここで字下げ終わり]
 第十回 沙魚《ふか》の水葬《すゐさう》
[#ここから5字下げ]
天の賜――反對潮流――私は黒奴、少年は炭團屋の忰――おや/\變な味になりました――またも斷食
[#ここで字下げ終わり]
 第十一回 無人島《むじんとう》の響《ひゞき》
[#ここから5字下げ]
人の住む島か魔の棲む島か――あら、あの音は――奇麗な泉――ゴリラの襲來――水兵ヒラリと身を躱はした――海軍士官の顏
[#ここで字下げ終わり]
 第十二回 海軍《かいぐん》の家《いへ》
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南方の無人島――快活な武村兵曹――おぼろな想像――前は絶海の波、後は椰子の林――何處ともなく立去つた
[#ここで字下げ終わり]
 第十三回 星影《ほしかげ》がちら/\
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歡迎――春枝夫人は屹度死にません――此新八が先鋒ぢや――浪の江丸の沈沒――此島もなか/\面白いよ――三年の後
[#ここで字下げ終わり]
 第十四回 海底《かいてい》の造船所《ざうせんじよ》
[#ここから5字下げ]
大佐の後姿がチラリと見えた――獅子狩は眞平御免だ――猛犬稻妻――秘密の話――屏風岩――物凄い跫音――鐵門の文字
[#ここで字下げ終わり]
 第十五回 電光艇《でんくわうてい》
[#ここから5字下げ]
鼕々たる浪の音――投鎗に似た形――三尖衝角――新式魚形水雷――明鏡に映る海上海底の光景――空氣製造器――鐵舟先生の詩
[#ここで字下げ終わり]
 第十六回 朝日島《あさひじま》
[#ここから5字下げ]
日出雄少年は椰子の木蔭に立つて居つた――國際法――占領の證據――三尖形の紀念塔――成程妙案々々――其處だよ
[#ここで字下げ終わり]
 第十七回 冐險鐵車《ぼうけんてつしや》
[#ここから5字下げ]
自動の器械――斬頭刄形の鉞――ポンと小胸を叩いた――威張れません――君が代の國歌――いざ帝國の萬歳を唱へませう
[#ここで字下げ終わり]
 第十八回 野球競技《ベースボールマツチ》
[#ここから5字下げ]
九種の魔球――無邪氣な紛着――胴上げ――西と東に別れた――獅子の友呼び――手頃の鎗を捻つて――私は殘念です――駄目だんべい
[#ここで字下げ終わり]
 第十九回 猛獸隊《まうじうたい》
[#ここから5字下げ]
自然の殿堂――爆裂彈――エンヤ/\の掛聲――片足の靴――好事魔多し――砂滑りの谷、一名死の谷――深夜の猛獸――かゞり火
[#ここで字下げ終わり]
 第二十回 猛犬《まうけん》の使者《ししや》
[#ここから5字下げ]
山又山を越えて三十里――一封の書面――あの世でか、此世でか――此犬尋常でない――眞黒になつて其後を追ふた――水樽は空になつた
[#ここで字下げ終わり]
 第二十一回 空中《くうちう》の救《すく》ひ
[#ここから5字下げ]
何者にか愕いた樣子――誰かの半身が現はれて――八日前の晩――三百反の白絹――お祝の拳骨――稻妻と少年と武村兵曹
[#ここで字下げ終わり]
 第二十二回 海《うみ》の禍《わざわい》
[#ここから5字下げ]
孤島の紀元節――海軍大佐の盛裝――海岸の夜會――少年の劍舞――人間の幸福を嫉む惡魔の手――海底の地滑り――電光艇の夜間信號
[#ここで字下げ終わり]
 第二十三回 十二の樽《たる》
[#ここから5字下げ]
海底戰鬪艇の生命――人煙の稀な橄欖島――鐵の扉は微塵――天上から地獄の底――其樣な無謀な事は出來ません――無念の涙
[#ここで字下げ終わり]
 第二十四回 輕氣球《けいききう》の飛行《ひかう》
[#ここから5字下げ]
絶島の鬼とならねばならぬ――非常手段――私が參ります――無言のわかれ――心で泣いたよ――住馴れた朝日島は遠く/\
[#ここで字下げ終わり]
 第二十五回 白色巡洋艦《はくしよくじゆんやうかん》
[#ここから5字下げ]
大陸の影――矢の如く空中を飛走した――ポツンと白い物――海鳥の群――「ガーフ」の軍艦旗――や、や、あの旗は! あの船は!
[#ここで字下げ終わり]
 第二十六回 顏《かほ》と顏《かほ》と顏《かほ》
[#ここから5字下げ]
帝國軍艦旗――虎髯大尉、本名轟大尉――端艇諸共引揚げられた――全速力――賣れた顏――誰かに似た顏――懷かしき顏
[#ここで字下げ終わり]
 第二十七回 艦長室《かんちやうしつ》
[#ここから5字下げ]
鼻髯を捻つた――夢ではありますまいか――私は何より嬉しい――大分色は黒くなりましたよ、はい――今度は貴女の順番――四年前の話
[#ここで字下げ終わり]
 第二十八回 紀念軍艦《きねんぐんかん》
[#ここから5字下げ]
帝國軍艦「日の出」――此虎髯が御話申す――テームス造船所の製造――「明石」に髣髴たる巡洋艦――人間の萬事は天意の儘です
[#ここで字下げ終わり]
 第二十九回 薩摩琵琶《さつまびは》
[#ここから5字下げ]
春枝夫人の物語――不屆な悴――風清き甲板――國船の曲――腕押し脛押と參りませう――道塲破りめ――奇怪の少尉
[#ここで字下げ終わり]
 第三十回 月夜《げつや》の大海戰《だいかいせん》
[#ここから5字下げ]
印度國コロンボ[#「コロンボ」に二重傍線]の港――滿艦の電光――戰鬪喇叭――惡魔印の海賊旗大軍刀をブン/\と振廻した――大佐來! 電光艇來!―朝日輝く印度洋
[#ここで字下げ終わり]

目次終
[#改ページ]

    第一回 海外《かいぐわい》の日本人《につぽんじん》
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ネープルス[#「ネープルス」に二重傍線]港の奇遇――大商館――濱島武文[#「濱島武文」は底本では「※[#「さんずい+(宀/(「眉」の「目」に代えて「貝」))」、第3水準1−87−27]島武文」]――春枝夫人――日出雄少年――松島海軍大佐の待命
[#ここで字下げ終わり]
 私《わたくし》が世界《せかい》漫遊《まんゆう》の目的《もくてき》をもつて、横濱《よこはま》の港《みなと》を出帆《ふなで》したのは、既《すで》に六年《ろくねん》以前《いぜん》の事《こと》で、はじめ亞米利加《アメリカ》に渡《わた》り、それから大西洋《たいせいよう》の[#「大西洋《たいせいよう》の」は底本では「太西洋《たいせいよう》の」]荒浪《あらなみ》を横斷《よこぎ》つて歐羅巴《エウロツパ》に遊《あそ》び、英吉利《イギリス》、佛蘭西《フランス》、獨逸等《ドイツとう》音《おと》に名高《なだか》き國々《くに/″\》の名所《めいしよ》古跡《こせき》を遍歴《へんれき》して、其間《そのあひだ》に月《つき》を閲《けみ》すること二十|有餘箇月《いうよかげつ》、大約《おほよそ》一|萬《まん》五|千里《せんり》の長途《ながたび》を後《あと》にして、終《つひ》に伊太利《イタリー》に入《ゐ》り、往昔《むかし》から美術國《びじゆつこく》の光譽《ほまれ》高《たか》き、其《その》さま/″\の奇觀《きくわん》をも足《た》る程《ほど》眺《なが》めたれば、之《これ》より我《わ》が懷《なつ》かしき日本《ふるさと》へ歸《かへ》らんと、當夜《そのよ》十一|時《じ》半《はん》拔錨《ばつべう》の弦月丸《げんげつまる》とて、東洋《とうよう》行《ゆき》の※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]船《きせん》に乘組《のりく》まんがため、國《くに》の名港《めいかう》ネープルス[#「ネープルス」に二重傍線]まで來《き》たのは、今《いま》から丁度《ちやうど》四|年《ねん》前《まへ》、季節《せつ》は櫻《さくら》散《ち》る五月《ごぐわつ》中旬《なかば》の或《ある》晴朗《うらゝか》な日《ひ》の正午《せうご》時分《じぶん》であつた。
市街《まち》はづれの停車塲《ステーシヨン》から客待《きやくまち》の馬車《ばしや》で、海岸《かいがん》附近《まぢか》の或《ある》旅亭《はたごや》に着《つ》き、部室《へや》も定《さだ》まり軈《やが》て晝餉《ひるげ》もすむと最早《もはや》何《なに》も爲《す》る事《こと》がない、船《ふね》の出港
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