《しづ》み去《さ》つた、つゞいて起《おこ》る大紛擾《だいふんじやう》、一艘《いつそう》は船尾《せんび》逆立《さかだ》ち船頭《せんとう》沈《しづ》んで、惡魔印《あくまじるし》の海賊旗《かいぞくき》は、二度《にど》、三度《さんど》、浪《なみ》を叩《たゝ》くよと見《み》る間《ま》に影《かげ》も形《かたち》も。
『それ、櫻木大佐《さくらぎたいさ》來《きたる》! 電光艇《でんくわうてい》の應援《おうえん》ぞ! おくれて彼方《かなた》の水兵《すいへい》に笑《わら》はれな、進《すゝ》め/\。』の號令《がうれい》の下《した》に、軍艦《ぐんかん》「日《ひ》の出《で》」の士官《しくわん》水兵《すいへい》は勇氣《ゆうき》百倍《ひやくばい》、息《いき》をもつかせず發射《はつしや》する彈丸《だんぐわん》は、氷山《へうざん》[#ルビの「へうざん」は底本では「へざん」]碎《くだ》けて玉《たま》と飛散《とびち》る如《ごと》く、すでに度《ど》を失《うしな》つて、四途路筋斗《しどろもどろ》の海賊船《かいぞくせん》に、命中《あた》るも/\、本艦々尾《ほんかんかんび》の八|吋《インチ》速射砲《そくしやほう》は、忽《たちま》ち一隻《いつせき》を撃沈《げきちん》し、同時《どうじ》に打出《うちだ》す十二|珊《サンチ》砲《ほう》の榴彈《りうだん》は、之《こ》れぞ虎髯大尉《こぜんたいゐ》の大勳功《だいくんこう》! 今《いま》しも死物狂《しにものぐる》ひに、本艦《ほんかん》目掛《めが》けて、突貫《とつくわん》し來《きた》る一船《いつせん》の彈藥庫《だんやくこ》に命中《めいちう》して、船中《せんちう》、船外《せんぐわい》、猛火《まうくわ》※[#「火+稲のつくり」、第4水準2−79−87]々《えん/\》舵《かぢ》は微塵《みじん》に碎《くだ》けて、船《ふね》獨樂《こま》の如《ごと》く廻《まわ》る、海底《かいてい》よりは海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》、さしつたりと電光石火《でんくわうせきくわ》の勢《いきほ》ひ、げにもや電光《でんくわう》影裡《えいり》春風《しゆんぷう》を斬《き》るごとく、形《かたち》は見《み》えねど三尖衝角《さんせんしやうかく》の回旋《めぐ》る處《ところ》、敵船《てきせん》微塵《みじん》に碎《くだ》け、新式魚形水雷《しんしきぎよけいすいらい》の駛《はし》るところ白龍《はくりよう》天《てん》に跳《をど》る、殘《のこ》る賊船《ぞくせん》早《は》や三|隻《せき》、すでに一|隻《せき》は右舷《うげん》より左舷《さげん》に、他《た》の一|隻《せき》は左舷《さげん》より右舷《うげん》に、見《み》る間《ま》に甲板《かんぱん》傾《かたむ》き、濤《なみ》打上《うちあ》げて、驚《おどろ》き狂《くる》ふ海賊《かいぞく》共《ども》は、大砲《たいほう》小銃《せうじう》諸共《もろとも》[#ルビの「もろとも」は底本では「もろとき」]に、雪崩《なだれ》の如《ごと》く海《うみ》に落《お》つ。今《いま》は早《は》や殘《のこ》る賊船《ぞくせん》只《たゞ》一|隻《せき》! 之《こ》れぞ二本《にほん》煙筒《ゑんとう》に二本《にほん》檣《マスト》の海蛇丸《かいだまる》! 海蛇丸《かいだまる》は最早《もはや》叶《かな》はじとや思《おも》ひけん、旗《はた》を卷《ま》き、黒煙《こくゑん》團々《だん/\》橄欖島《かんらんたう》の方向《ほうかう》へ逃《に》げて[#「逃《に》げて」は底本では「北《に》げて」]行《ゆ》くを、海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》今《いま》は波《なみ》に沈《しづ》む迄《まで》もなく、奔龍《ほんりう》の如《ごと》くに波上《はじやう》を追《お》ふ、本艦《ほんかん》鳴《なり》を[#「鳴《なり》を」は底本では「嗚《なり》を」]靜《しづ》むる十|秒《べう》二十|秒《べう》。其《その》鋭利《えいり》なる三尖衝角《さんせんしやうかく》は空《そら》に閃《きらめ》く電光《いなづま》の如《ごと》く賊船《ぞくせん》の右舷《うげん》に霹靂萬雷《へきれきばんらい》の響《ひゞき》あり、極惡無道《ごくあくむだう》の海蛇丸《かいだまる》は遂《つひ》に水煙《すいゑん》を揚《あ》げて海底《かいてい》に沒《ぼつ》し去《さ》つた。
此時《このとき》夜《よ》は全《まつた》く明《あ》けて碧瑠璃《へきるり》のやうな東《ひがし》の空《そら》からは、爛々《らん/\》たる旭日《あさひ》が昇《のぼ》つて來《き》た。我《わが》艦長松島海軍大佐《かんちやうまつしまかいぐんたいさ》は、流《なが》るゝ汗《あせ》を押拭《おしぬぐ》ひつゝ、滿顏《まんがん》に微笑《びせう》を湛《たゝ》えて一顧《いつこ》すると、忽《たちま》ち起《おこ》る「君《きみ》が代《よ》」の軍樂《ぐんがく》、妙《たえ》に勇《いさ》ましき其《その》ひゞきは、印度洋《インドやう》の波《なみ》も躍《をど》らんばかり、我《わが》軍艦《ぐんかん》「日《ひ》の出《で》」の士官《しくわん》水兵《すいへい》は、舷門《げんもん》より、檣樓《しやうらう》より、戰鬪樓《せんとうらう》より、双手《て》を擧《あ》げ、旗《はた》を振《ふ》り、歡呼《くわんこ》をあげて、勇《いさ》み、歡《よろこ》び、をとり立《た》つ、濱島武文《はまじまたけぶみ》、春枝夫人《はるえふじん》は餘《あま》りの※[#「りっしんべん+喜」、第4水準2−12−73]《うれ》しさに聲《こゑ》もなく、虎髯大尉《こぜんたいゐ》、武村兵曹《たけむらへいそう》、一人《ひとり》は右鬢《うびん》に、一人《ひとり》は左鬢《さびん》に、微《かす》かな傷《きづ》に白《しろ》鉢卷《はちまき》、私《わたくし》は雀躍《こをどり》しながら、倶《とも》に眺《なが》むる黎明《れいめい》の印度洋《インドやう》、波上《はじやう》を亘《わた》る清《すゞ》しい風《かぜ》は、一陣《いちじん》又《また》一陣《いちじん》と吹《ふき》來《きた》つて、今《いま》しも、海蛇丸《かいだまる》を粉韲《ふんさい》したる電光艇《でんくわうてい》は、此時《このとき》徐《しづ》かに艇頭《ていとう》を廻《めぐ》らして此方《こなた》に近《ちか》づいて來《き》たが、あゝ、其《その》光譽《ほまれ》ある觀外塔上《くわんぐわいたふじやう》を見《み》よ※[#感嘆符三つ、373−3] 色《いろ》の黒《くろ》い、筋骨《きんこつ》の逞《たく》ましい、三十|餘名《よめい》の慓悍《へうかん》無双《ぶさう》なる水兵《すいへい》を後《うしろ》に從《したが》へて、雄風《ゆうふう》凛々《りん/\》たる櫻木海軍大佐《さくらぎかいぐんたいさ》は、籠手《こて》を翳《かざ》して我《わが》軍艦《ぐんかん》「日《ひ》の出《で》」の甲板《かんぱん》を眺《なが》めて居《を》る。其《その》傍《かたはら》には、日出雄少年《ひでをせうねん》は、例《れい》の水兵《すいへい》姿《すがた》で、左手《ひだり》は猛犬《まうけん》「稻妻《いなづま》」の首輪《くびわ》を捕《とら》へ、右手《ゆんで》は翩飜《へんぽん》と海風《かいふう》に飜《ひるが》へる帝國軍艦旗《ていこくぐんかんき》を抱《いだ》いて、その愛《あい》らしい、勇《いさ》ましい顏《かほ》は、莞爾《につこ》と此方《こなた》を仰《あほ》いで居《を》つたよ。
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讀者《どくしや》諸君《しよくん》!
白雲《はくうん》は低《ひく》く飛《と》び、狂瀾《きやうらん》天《てん》に跳《をど》る印度洋上《インドやうじやう》、世界《せかい》の大惡魔《だいあくま》と世《よ》に隱《かく》れなき七|隻《せき》の大海賊船《だいかいぞくせん》をば、木葉微塵《こつぱみぢん》に粉韲《うちくだ》いたる我《わが》帝國軍艦《ていこくぐんかん》「日《ひ》の出《で》」と、神出鬼沒《しんしゆつきぼつ》の電光艇《でんくわうてい》とは、今《いま》や舷《げん》をならべて、本國《ほんごく》指《さ》して歸航《きかう》の途中《とちう》である。昨夜《さくや》新嘉坡《シンガポール》發《はつ》、一|片《ぺん》の長文《ちやうぶん》電報《でんぽう》は、日本《につぽん》の海軍省《かいぐんせう》に到達《たうたつ》した筈《はづ》であるが、二|隻《さう》は去《さ》る金曜日《きんえうび》をもつて、印度大陸《インドたいりく》の尖端《せんたん》コモリン[#「コモリン」に二重傍線]の岬《みさき》を廻《めぐ》り錫崙島《セイロンたう》の沖《をき》を※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、374−5]《す》ぎ、殘月《ざんげつ》淡《あは》きベンガル[#「ベンガル」に二重傍線]灣頭《わんとう》、行會《ゆきあ》ふ英《エイ》、佛《フツ》、獨《ドク》、露艦《ロかん》の敬禮《けいれい》に向《むか》つて謝意《しやゐ》を表《ひやう》しつゝ、大小《だいせう》ニコバル[#「ニコバル」に二重傍線]島《たう》とサラン[#「サラン」に二重傍線]島《たう》とを右舷《うげん》と左舷《さげん》とに眺《なが》めて、西《にし》と東《ひがし》との分《わか》れ道《ぢ》なるマラツカ[#「マラツカ」に二重傍線]海峽《かいけう》をもいつしか夢《ゆめ》の間《ま》に※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、374−8]《す》ぎ、今《いま》は支那海《シナかい》の波濤《はたう》を蹴《け》つて進航《しんかう》して居《を》るから、よし此後《このゝち》浪《なみ》高《たか》くとも、風《かぜ》荒《あら》くとも、二|船《せん》が諸君《しよくん》の面前《めんぜん》に現《あら》はれるのは最早《もは》や遠《とほ》い事《こと》ではあるまいと思《おも》ふ。
其時《そのとき》は無論《むろん》、新聞《しんぶん》の號外《がうぐわい》によつて、市井《しせい》の評判《へうばん》によつて、如何《いか》なる山間《さんかん》僻地《へきち》の諸君《しよくん》と雖《いへど》も更《さら》に新《あたら》しき、更《さら》に歡《よろこ》ふ可《べ》き事《こと》を耳《みゝ》にせらるゝであらうが、私《わたくし》は殊《こと》に望《のぞ》む! 西《にし》、玄海灘《げんかいなだ》の邊《ほとり》より、馬關海峽《ばくわんかいけう》を※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、375−2]《す》き、瀬戸内海《せとないかい》に入《い》り、夫《それ》より紀伊海峽《きいかいけう》を出《い》でゝ潮崎《うしほざき》を廻《めぐ》り、遠江灘《とほとほみなだ》、駿河灣《するがわん》、相模灘《さがみなだ》の沿岸《えんがん》に沿《そ》ふて、凡《およ》そ波濤《はたう》の打《う》つところ、凡《およ》そ船舶《せんぱく》の横《よこた》はる處《ところ》、海岸《かいがん》に近《ちか》く家《いへ》を有《いう》せらるゝ諸君《しよくん》は、必《かなら》ず朝夕《てうせき》の餘暇《よか》には、二階《にかい》の窓《まど》より、家外《かぐわい》の小丘《せうきう》より、また海濱《かいひん》の埠頭《はとば》より、籠手《こて》を翳《かざ》して遙《はる》かなる海上《かいじやう》を觀望《くわんぼう》せられん事《こと》を。若《も》し、水天《すいてん》一碧《いつぺき》の地平線上《ちへいせんじやう》、團々《だん/\》たる黒烟《こくゑん》先《ま》づ見《み》え、つゞゐて白色《はくしよく》の新式巡洋艦《しんしきじゆんやうかん》現《あら》はれ、それと共《とも》に、龍《りよう》の如《ごと》[#ルビの「ごと」は底本では「ごか」]く、鯱《しやち》の如《ごと》き怪艇《くわいてい》の水煙《すいゑん》を蹴《け》つて此方《こなた》に向《むか》ふを見《み》ば、請《こ》ふ、旗《はた》ある人《ひと》は旗《はた》を振《ふ》り、喇叭《らつぱ》ある人《ひと》は喇叭《らつぱ》を吹奏《なら》し、何物《なに》も無《な》き人《ひと》は双手《もろて》を擧《あ》げて、聲《こゑ》を限《かぎ》りに帝國萬歳《ていこくばんざい》! 帝國海軍萬歳《ていこくかいぐんばんざい》を連呼《れんこ》せられよ、だん/″\と近《ちか》づく二|隻《そう》の甲板《かんぱん》、巡洋艦《じゆんやうかん》の縱帆架《ガーフ》に、怪艇《くわいてい》の艇尾《ていび》に、帝國軍艦旗《ていこくぐんかんき
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