《をうしう》諸國《しよこく》の軍艦《ぐんかん》も巡航《じゆんかう》して來《き》ますから、其邊《そのへん》に我《わ》が海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》が機關《きくわん》の活動《くわつどう》を失《うしな》つて、空《むな》しく波上《はじやう》に漾《たゞよ》つて居《を》るのは無謀《むぼう》此上《このうへ》もない事《こと》です。彼等《かれら》は日本帝國《につぽんていこく》の爲《ため》に、今《いま》や斯《かゝ》る戰艇《せんてい》が竣成《しゆんせい》したと知《し》つたら、决《けつ》して默《もく》しては居《を》りません、必定《ひつぜう》、全力《ぜんりよく》を盡《つく》して、掠奪《りやくだつ》に着手《ちやくしゆ》しませうが、其時《そのとき》、動《うご》いては天下《てんか》無敵《むてき》の此《この》電光艇《でんくわうてい》も、其《その》活動力《くわつどうりよく》を失《うしな》つて居《を》る間《あひだ》は、如何《いかん》ともする事《こと》が出來《でき》ません、吾等《われら》は潔《いさぎ》よく其處《そこ》に身命《しんめい》を抛《なげう》つ事《こと》は露惜《つゆをし》まぬが、其爲《そのため》に、海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》が遂《つひ》に彼等《かれら》の手《て》に掠奪《りやくだつ》されて御覽《ごらん》なさい、吾等《われら》が幾年月《いくねんげつ》の苦心慘憺《くしんさんたん》も水《みづ》の泡《あわ》、否《いや》、我《わ》が親愛《しんあい》なる日本帝國《につぽんていこく》[#ルビの「につぽんていこく」は底本では「ほつぽんていこく」]の爲《ため》に、計畫《けいくわく》した事《こと》が、却《かへつ》て敵《てき》に利刀《りたう》を與《あた》へる事《こと》になります。其樣《そのやう》な事《こと》が如何《どう》して出來《でき》ませう。然《さ》れば百計《ひやくけい》盡《つき》た塲合《ばあひ》には、たとへ海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》と共《とも》に永久《えいきゆう》に此《この》孤島《はなれじま》に朽果《くちは》つるとも、無謀《むぼう》に本島《ほんたう》を出發《しゆつぱつ》する事《こと》は出來《でき》ません。君《きみ》よ左樣《さう》でせう。で、今《いま》私《わたくし》の想像《さうぞう》するが如《ごと》く秘密造船所《ひみつざうせんじよ》が全《まつた》く海水《かいすい》の爲《た》めに破壞《はくわい》されて、十二の樽《たる》が其《その》一個《いつこ》でも流失《りうしつ》したものならば、吾等《われら》は最早《もはや》本島《ほんたう》から一尺《いつしやく》も外《そと》へ出《で》る事《こと》は出來《でき》ないのです、左樣《さやう》、吾等《われら》が無上《むじやう》の樂《たのしみ》とせる懷《なつ》かしの日本《につぽん》へ歸《かへ》る可《べ》き希望《きぼう》も、全《まつた》く奪去《うばひさ》られたといふものです。』
『嗟呼《あゝ》。』と叫《さけ》んだ儘《まゝ》、私《わたくし》も日出雄少年《ひでをせうねん》も其他《そのた》の水兵等《すいへいら》も茫然自失《ぼうぜんじしつ》した。
昨夜《さくや》の大海嘯《おほつなみ》の悽《すさ》まじき光景《くわうけい》では、其《その》十二の樽《たる》の最早《もはや》一個《いつこ》も殘《のこ》つて居《を》らぬ事《こと》は分《わか》つて居《を》るが、それでも、萬《まん》に一《いち》もと思《おも》つて、吾等《われら》は心《こゝろ》も空《そら》に洞中《どうちう》の秘密造船所《ひみつざうせんじよ》の内部《ないぶ》に驅付《かけつ》けて見《み》たが、不幸《ふこう》にして大佐《たいさ》の言《ことば》は誤《あやま》らなかつた。塲内《じやうない》の光景《くわうけい》は實《じつ》に慘憺《さんたん》たるもので、濁浪《だくらう》怒濤《どたう》は一方《いつぽう》の岩壁《いわかべ》を突破《つきやぶ》つて、奔流《ほんりう》の如《ごと》く其處《そこ》から浸入《しんにふ》したものと見《み》へ、其《その》直《す》ぐ側《そば》の、兼《かね》て發動藥液《はつどうやくえき》の貯藏《ちよぞう》せられて居《を》つた小倉庫《せうさうこ》の鐵《てつ》の扉《とびら》は微塵《みぢん》に碎《くだ》かれて、十二の樽《たる》は何處《いづく》へ押流《おしなが》されたものか、影《かげ》も形《かたち》も無《な》かつた。
大佐《たいさ》は撫然《ぶぜん》として天《てん》を仰《あほ》ぐのみ、一同《いちどう》の顏色《がんしよく》は益々《ます/\》青《あを》くなつた。
あゝ、天上《てんじやう》から地獄《ぢごく》の底《そこ》へ蹴落《けおと》されたとて、人間《にんげん》は斯《か》く迄《まで》失望《しつぼう》するものではあるまい。
一同《いちどう》は詮方《せんかた》なく海岸《かいがん》の家《いへ》に皈《かへ》つたが、全《まつた》く火《ひ》の消《き》えた後《あと》のやうに、淋《さび》しく心細《こゝろぼそ》い光景《くわうけい》。櫻木大佐《さくらぎたいさ》は默然《もくねん》として深《ふか》く考《かんがへ》に沈《しづ》んだ。武村兵曹《たけむらへいそう》は眼中《がんちう》に無念《むねん》の涙《なみだ》を浮《うか》べて、今《いま》も猶《な》ほ多少《たせう》仇浪《あだなみ》の立騷《たちさわ》いで居《を》る海面《かいめん》を睨《にら》んで居《を》る。日出雄少年《ひでをせうねん》はいと/\悲《かな》し相《さう》に
『あゝ、また日本《につぽん》へ皈《かへ》る事《こと》が出來《でき》なくなつたんですか。』と空《むな》しく東《ひがし》の空《そら》を望《のぞ》む、其《その》心《こゝろ》の中《なか》はまあどんなであらう。三十|有餘名《いうよめい》の、日頃《ひごろ》は鬼《おに》とも組《く》まん水兵等《すいへいら》も、今《いま》は全《まつた》く無言《むごん》に、此處《こゝ》に一團《いちだん》、彼處《かしこ》に一團《いちだん》、互《たがひ》に顏《かほ》を見合《みあ》はすばかりで、其中《そのうち》に二三|名《めい》は、萬一《まんいち》にも十二の樽《たる》の中《うち》一つでも、二つでも、海濱《かいひん》に流《なが》れ寄《よ》る事《こと》もやと、甲斐《かひ》/″\しく巡視《じゆんし》に出《で》かけたが、無論《むろん》宛《あて》になる事《こと》では無《な》い。
第二十四回 輕氣球《けいききゆう》の飛行《ひかう》
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絶島の鬼とならねばならぬ――非常手段――私が參ります――無言のわかれ――心で泣いたよ――住馴れた朝日島は遠く/\
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私《わたくし》はつく/″\と考《かんが》へたが、今度《こんど》といふ今度《こんど》こそは、とても免《のが》れぬ天《てん》の禍《わざはひ》であらう。櫻木大佐《さくらぎたいさ》の言《げん》の如《ごと》く、無謀《むぼう》に本島《ほんたう》を離《はな》るゝ事《こと》が出來《でき》ぬものとすれば、他《ほか》に何《なん》の策《さく》も無《な》い。電光艇《でんくわうてい》の活動《くわつどう》の原因《げんゐん》となるべき十二|種《しゆ》の藥液《やくえき》は、何時《いつ》までかゝつても、此樣《こん》な孤島《はなれじま》では製造《せいざう》の出來《でき》るものでなく、また、他《た》から供給《きようきふ》を仰《あほ》ぐ事《こと》も恊《かな》はねば、吾等《われら》は爾後《このゝち》十|年《ねん》生存《ながらへ》るか、二十|年《ねん》生存《ながらへ》るか知《し》れぬが、朝夕《あさゆふ》、世界無比《せかいむひ》の海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》を目前《もくぜん》に眺《なが》めつゝも、終《つひ》には、此《この》絶島《ぜつたう》の鬼《おに》とならねばならぬのである。
斯《か》う考《かんが》へると、無限《むげん》に悲哀《かなし》くなつて、たゞ茫然《ぼうぜん》と故國《こゝく》の空《そら》を望《のぞ》んで、そゞろに暗涙《あんるい》を浮《うか》べて居《を》る時《とき》、今迄《いまゝで》默然《もくねん》と深《ふか》き考慮《かんがへ》に沈《しづ》んで居《を》つた櫻木大佐《さくらぎたいさ》は、突然《とつぜん》顏《かほ》を上《あ》げた。彼《かれ》は遂《つひ》に非常手段《ひじやうしゆだん》を案《あん》じ出《いだ》したのである。
大佐《たいさ》は、决然《けつぜん》たる顏色《がんしよく》を以《もつ》て口《くち》を開《ひら》いた。
『今《いま》、此《この》厄難《やくなん》に際《さい》して、吾等《われら》の採《と》る可《べ》き道《みち》は只《たゞ》二つある、其《その》一つは、何事《なにごと》も天運《てんうん》と諦《あきら》めて、電光艇《でんくわうてい》と共《とも》に此《この》孤島《はなれじま》に朽果《くちは》てる事《こと》――然《しか》しそれは何人《なんぴと》も望《のぞ》む處《ところ》ではありますまい――他《た》の一策《いつさく》は他《ほか》でも無《な》い、實《じつ》に非常《ひじやう》の手段《しゆだん》ではあるが、※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、293−1]日《くわじつ》、自動鐵車《じどうてつしや》が砂《すな》すべりの谷《たに》に陷落《かんらく》した時《とき》、君等《きみら》を救《すく》はんが爲《ため》に製作《せいさく》した大輕氣球《だいけいきゝゆう》が、今《いま》も猶《な》ほ殘《のこ》つて居《を》る。其《その》輕氣球《けいきゝゆう》を飛揚《ひやう》して、誰《だれ》か一二|名《めい》、印度《インド》のコロンボ[#「コロンボ」に二重傍線]市《し》か其他《そのた》の大陸地方《たいりくちほう》の都邑《とゆう》に達《たつ》し、其處《そこ》で、電光艇《でんくわうてい》が要《えう》する十二|種《しゆ》の藥液《やくえき》を買整《かひとゝの》へ、其處《そこ》から一千|海里《かいり》離《はな》れて大陸《たいりく》と本島《ほんたう》との丁度《ちやうど》中間《ちうかん》に横《よこた》はれる橄欖島《かんらんたう》まで竊《ひそか》に船《ふね》に艤裝《ぎさう》して、十二の藥液《やくえき》を運送《うんさう》して來《き》たならば、此方《こなた》でも海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》には、未《ま》だ多少《たせう》の發動藥液《はつどうやくえき》が殘《のこ》つて居《を》るから、其《その》運送船《うんさうせん》が丁度《ちやうど》橄欖島《かんらんたう》に到着《たうちやく》する頃《ころ》、我《わ》が電光艇《でんくわうてい》も亦《ま》た本島《ほんたう》を出發《しゆつぱつ》して、二船《にせん》其《その》島《しま》に會合《くわいがふ》し、凖備《じゆんび》の藥液《やくえき》をば電光艇《でんくわうてい》に轉載《てんさい》して、それより日本《につぽん》に歸《かへ》らんとの計畫《けいくわく》です。勿論《もちろん》、事《こと》の成敗《せいばい》は豫期《よき》し難《がた》いが、萬一《まんいち》氣球《ききゆう》が空中《くうちう》に破裂《はれつ》するとか、其他《そのた》の異變《ゐへん》の爲《ため》に、使命《しめい》を果《はた》す事《こと》が出來《でき》なければ夫迄《それまで》の事《こと》、此方《こなた》電光艇《でんくわうてい》は、約束《やくそく》の日《ひ》に本島《ほんたう》を發《はつ》し、橄欖島《かんらんたう》に赴《おもむ》いて、數日《すうじつ》待《ま》つても、來《く》る可《べ》き船《ふね》の來《こ》ぬ塲合《ばあひ》には、それを以《もつ》て輕氣球《けいきゝゆう》の運命《うんめい》を卜《ぼく》し、自《みづから》も亦《ま》た天運《てんうん》の盡《つき》と諦《あきら》めて、其時《そのとき》は最後《さいご》の手段《しゆだん》、乃《すなは》ち海賊船《かいぞくせん》とか其他《そのた》強暴《きようぼう》なる外國《ぐわいこく》の軍艦等《ぐんかんとう》に、海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》の秘密《ひみつ》を覺《さと》られぬが爲《ため》に、自《みづか》ら爆發藥《ばくはつやく》を以《もつ》て艇體《ていたい》を破壞《はくわい》して、潔《いさぎ》よく千尋《ちひろ》の海底《かいてい》に沈《しづ》まんとの覺悟
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