》なり、後《おく》れて此《この》島《しま》に上陸《じやうりく》する者《もの》は、速《すみや》かに旗《はた》を卷《ま》いて立去《たちさ》れ」なんかと記《しる》してあるでせう、奴輩《やつこさん》は喫驚《びつくり》して卒倒《ひつくりかへ》るだらう。其處《そこ》を横面《よこずつぽう》でも張飛《はりとば》して追拂《おつぱ》らつてやるのだ。』
『あはゝゝゝゝ。』と私《わたくし》は聲《こゑ》高《たか》く笑《わら》つた。成程《なるほど》妙案《めうあん》/\。武骨《ぶこつ》な武村兵曹《たけむらへいそう》の考《かんが》へ出《だ》し相《さう》な事《こと》だ。けれど、第一《だいいち》に、其樣《そんな》危險《きけん》な深山《しんざん》へ如何《どう》して紀念塔《きねんたう》を建《た》てるか、外國人《ぐわいこくじん》の行《ゆ》かれぬ程《ほど》危險《きけん》な處《ところ》へは、吾等《われら》だつて行《ゆ》かれぬ筈《はづ》では無《な》いかと、隙《すか》さず一本《いつぽん》切込《きりこ》むと、武村兵曹《たけむらへいそう》ちつとも驚《おどろ》かない。
『其處《そこ》が奇々妙々《きゝめう/\》の發明《はつめい》だよ。』
第十七回 冐險鐵車《ぼうけんてつしや》
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自動の器械――斬頭刄《ギラチン》形の鉞――ポンと小胸を叩いた――威張れません――君が代の國歌――いざ、帝國の萬歳を唱へませう
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『其處《そこ》が、奇々妙々《きゝめう/\》の發明《はつめい》だよ。』と武村兵曹《たけむらへいそう》は澄《す》ました顏《かほ》で
『私《わたくし》だつて、其樣《そんな》に無鐵砲《むてつぽう》な事《こと》は言《い》はない、此《この》工夫《くふう》は、大佐閣下《たいさかくか》も仲々《なか/\》巧妙《うまい》と感心《かんしん》なすつたんです。』と意氣《いき》昂然《こうぜん》として
『冐險鐵車《ぼうけんてつしや》――左樣《さやう》自動仕掛《じどうじが》けの鐵檻《てつおり》の車《くるま》を製造《せいぞう》して、其《そ》れに乘《の》つて、山奧《やまおく》へ出掛《でか》けやうといふんです。』
『む、鐵檻《てつおり》の車《くるま》?。』と私《わたくし》は額《ひたい》を叩《たゝ》いた。
武村兵曹《たけむらへいそう》は此時《このとき》大佐《たいさ》の許可《ゆるし》を得《え》て、次《つぎ》の室《へや》から一面《いちめん》の製圖《せいづ》を携《たづさ》へて來《き》て、卓上《たくじやう》に押廣《おしひろ》げ
『これです、自動冐險鐵車《じどうぼうけんてつしや》の設計《せつけい》といふのは――先《ま》づ此《この》鐵檻《てつおり》の車《くるま》の恰形《かくこう》は木牛《もくぎう》に似《に》て、長《なが》さ二十二|尺《しやく》、幅員《はゞ》十三|尺《じやく》、高《たか》さは木牛形《もくぎうけい》の頭部《とうぶ》に於《おい》て十二|尺《しやく》、後端《こうたん》に於《おい》て十|尺《しやく》半《はん》、四面《しめん》は其《その》名《な》の如《ごと》く、堅牢《けんらう》なる鐵《てつ》の檻《おり》をもつて圍繞《かこ》まれ、下床《ゆか》は彈力性《だんりよくせい》を有《いう》するクロー鋼板《かうばん》で、上部《じやうぶ》は半面《はんめん》鐵板《てつぱん》に蔽《おほ》はれ、半面《はんめん》鐵檻《てつおり》をもつて作《つく》られ、鐵車《てつしや》は都合《つごう》十二の車輪《くるま》を備《そな》へ、其内《そのうち》六|個《こ》は齒輪車《しりんしや》で、此《この》車輪《しやりん》を運轉《うんてん》する動力《どうりよく》は、物理學上《ぶつりがくじやう》の種々《しゆ/″\》なる原則《げんそく》を應用《おうよう》せる、極《きは》めて巧緻《こうち》なる自轉《じてん》の仕組《しくみ》にて、車内《しやない》前部《ぜんぶ》の機械室《きかいしつ》には「ノルデン、インヂン」に髣髴《ほうふつ》たる、非常《ひじやう》に堅牢《けんらう》緻密《ちみつ》なる機械《きかい》の設《まう》けありて、大《だい》、中《ちう》、小《せう》、三十七|種《しゆ》の齒輪車《しりんしや》は互《たがひ》に噛合《かみあ》ひ、吸鍔桿《ピストン》、曲肱《クンク》、方位盤《ダイレクター》に似《に》たる諸種《しよしゆ》の器械《きかい》は複雜《ふくざつ》を極《きは》め、恰《あだか》も聯成式《れんせいしき》の蒸氣機關《じようききくわん》を見《み》るやうである。今《いま》一個《いつこ》の人《ひと》あり、車臺《しやだい》に坐《ざ》して、右手《ゆんで》に柄子《とりで》を握《にぎ》つて旋廻輪《せんくわいりん》を廻《まわ》しつゝ、徐々《じよ/\》に足下《そくか》の踏臺《ふみだい》を踏《ふ》むと忽《たちま》ち傍《かたはら》に備《そな》へられたる號鈴器《がうれいき》はリン/\と鳴《な》り出《だ》して、下方《かほう》の軸盤《じゆくばん》の靜《しづ》かに回轉《くわいてん》を始《はじ》むると共《とも》に、其《その》動力《どうりよく》は第一《だいいち》の大齒輪《だいしりん》に及《およ》び、第二《だいに》の齒輪車《しりんしや》に移《うつ》り、同時《どうじ》に吸鍔桿《ピストン》は上下《じやうか》し、曲肱《クンク》の活動《くわつどう》は眼《め》にも留《とま》らず、かくて其《その》動力《どうりよく》が第《だい》三十七|番目《ばんめ》の齒輪車《しりんしや》に及《およ》ぶ頃《ころ》には、其《その》廻轉《くわいてん》の速度《そくど》と、實力《じつりよく》とは、非常《ひじやう》に強烈《きようれつ》になつて、殆《ほと》んど四百四十|馬力《ばりき》の蒸※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]機關《じようききくわん》に匹敵《ひつてき》し得《う》る由《よし》、此《この》猛烈《まうれつ》なる動力《どうりよく》が、接合桿《せつがふかん》をもつて車外《しやぐわい》十二|個《こ》の車輪《しやりん》を動《うご》かし、遂《つひ》に此《この》堅固《けんご》なる鐵檻《てつおり》の車《くるま》は進行《しんかう》を始《はじ》めるのである。勿論《もちろん》かゝる構造《かうざう》で、極《きわ》めて重量《じゆうりよう》のある鐵車《てつしや》の事《こと》だから、速力《そくりよく》の點《てん》に於《おい》ては餘《あま》り迅速《じんそく》には行《ゆ》かぬ、平野《へいや》ならば、一時間《いちじかん》平均《へいきん》五|哩《マイル》以上《いじやう》進行《しんかう》する事《こと》が出來《でき》るであらうが、極《ご》く勾配《かうばい》の激《はげ》しい坂道《さかみち》では、辛《からう》じて一|時間《じかん》一|哩《マイル》位《くらゐ》の速力《そくりよく》に終《をは》る事《こと》もあらう。然《しか》し、此《この》冐險鐵車《ぼうけんてつしや》の特色《とくしよく》は水中《すいちう》の他《ほか》は如何《いか》なる險阻《けんそ》の道《みち》でも進行《しんかう》し得《え》ぬといふ事《こと》はなく、險山《けんざん》を登《のぼ》るには通常《つうじやう》の車輪《しやりん》[#ルビの「しやりん」は底本では「しやり」]の他《ほか》に六個《ろくこ》の強堅《きようけん》なる齒輪車《しりんしや》と、車室《しやしつ》の前方《ぜんぽう》に裝置《さうち》されたる螺旋形《らせんけい》の揚上機《やうじやうき》、及《およ》び後方《こうほう》に設《まう》けられたる遞進機《ていしんき》とを使用《しよう》して、登《のぼ》る山道《やまみち》の大木《たいぼく》巨巖等《きよがんとう》を力《ちから》に、螺旋形《らせんけい》の尖端《せんたん》は先《ま》づ螺釘《らてい》の如《ごと》く前方《ぜんぽう》の大木《たいぼく》に捩《ねぢ》れ込《こ》み、車内《しやない》の揚上機《やうじやうき》の運轉《うんてん》と共《とも》に、其《その》螺旋《らせん》は自然《しぜん》に收縮《しゆうしゆく》して、次第《しだい》/\に鐵車《てつしや》を曳上《ひきあ》げ、遞進機《ていしんき》は螺旋形揚上機《らせんけいやうじやうき》とは反對《はんたい》に、後方《こうほう》の巖石《がんせき》を支臺《さゝへ》として、彈力性《だんりよくせい》の槓桿《こうかん》の伸張《しんちやう》によつて、無二無三《むにむさん》に鐵車《てつしや》を押上《おしあ》げるのである。鐵車《てつしや》深林《しんりん》を行《ゆ》くには、一層《いつそう》巧妙《こうめう》なる器械《きかい》がある、それは鐵車《てつしや》の前方《ぜんぽう》木牛頭《もくぎうとう》の上下《じやうか》より突出《とつしゆつ》して、二十一の輪柄《りんぺい》を有《いう》する四個《しこ》の巨大《きよだい》なる旋廻圓鋸機《せんくわいゑんきよき》と、むかし佛蘭西《フランス》の革命時代《かくめいじだい》に、日《ひ》に一萬三千人《いちまんさんぜんにん》の首《くび》を刎《は》ねたりと呼《よ》ばるゝ、世《よ》にも恐《おそ》るべき斬頭刄《ギラチン》の形《かたち》に髣髴《ほうふつ》たる、八個《はつこ》の鋭利《えいり》なる自轉伐木鉞《じてんばつもくふ》との仕掛《しか》けにて、行道《ゆくて》に塞《ふさ》がる巨木《きよぼく》は幹《みき》より鋸《ひ》き倒《たほ》し、小木《せうぼく》は枝《えだ》諸共《もろとも》に伐《き》り倒《たほ》して猛進《まうしん》[#ルビの「まうしん」は底本では「ほうしん」]するのであるから、如何《いか》なる險山《けんざん》深林《しんりん》に會《くわい》しても、全《まつた》く進行《しんかう》を停止《ていし》せらるゝやうな患《うれひ》はないのである。
鐵檻《てつおり》の車《くるま》の出入口《でいりぐち》は、不思議《ふしぎ》にも車室《しやしつ》の頂上《てうじやう》に設《まう》けられて、鐵梯《てつてい》を傳《つた》つて屋根《やね》から出入《でいり》する樣《やう》になつて居《を》る。それは四面《しめん》の鐵檻《てつおり》の堅牢《けんらう》なる上《うへ》にも堅牢《けんらう》ならん事《こと》を望《のぞ》んで、如何《いか》に力強《ちからつよ》き敵《てき》が襲《おそひ》來《きたつ》ても、决《けつ》して車中《しやちう》の安全《あんぜん》を害《がい》せられぬ爲《ため》の特別《とくべつ》の注意《ちうゐ》である相《さう》な。乘組《のりくみ》の人員《じんゐん》は、五人《ごにん》が定員《てんゐん》で、車内《しやない》には機械室《きかいしつ》の外《ほか》に、二個《にこ》の區劃《くくわく》が設《まう》けられ、一方《いつぽう》は雨露《うろ》を凌《しの》ぐが爲《た》めに厚《あつ》さ玻璃板《はりばん》を以《もつ》て奇麗《きれい》に蔽《おほ》はれ、床上《しやうじやう》には絨壇《じゆうたん》を敷《し》くもよし、毛布《ケツトー》位《ぐら》いで濟《す》ますもよし、其處《そこ》は乘組人《のりくみにん》の御勝手《ごかつて》次第《しだい》、他《た》の區劃《くくわく》は彈藥《だんやく》や飮料《いんれう》や鑵詰《くわんづめ》や乾肉《ほしにく》や其他《そのほか》旅行中《りよかうちう》の必要品《ひつえうひん》を貯《たくわ》へて置《お》く處《ところ》で、固定旅櫃《こていトランク》の形《かたち》をなして居《を》る。
『斯《か》う出來上《できあが》つたら立派《りつぱ》なもんでせう。』と武村兵曹《たけむらへいそう》は鼻《はな》を蠢《うご》めかしつゝ私《わたくし》を眺《なが》めた。
『見事《みごと》! 見事《みごと》! イヤ實《じつ》に驚《おどろ》く可《べ》き大發明《だいはつめい》だよ。』と私《わたくし》は膝《ひざ》の進《すゝ》むを覺《おぼ》えなかつた。兵曹《へいそう》は猶《なほ》も威勢《ゐせい》よく
『ね、此《この》自動鐵檻車《じどうてつおりのくるま》が出來《でき》て見《み》なさい、如何《どん》な危險《きけん》な塲所《ばしよ》だつて平氣《へいき》なもんです、猛狒《ゴリラ》や獅子《しゝ》が行列《ぎようれつ》を立《た》てゝ襲《おそ》つて來《き》た所《ところ》で、此方《こつち》は鐵檻車《てつおりぐるま》の中《なか》から猛獸《まうじう》共《ども》の惡相
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