《ひみつぞうせんじよ》の外《そと》へ出《で》た。

    第十六回 朝日島《あさひじま》
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日出雄少年は椰子の木蔭に立つて居つた――國際法――占領の證據――三尖形の記念塔――成程妙案/\――其處だよ
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 秘密造船所《ひみつざうせんじよ》を出《いで》た私《わたくし》は、鐵門《てつもん》のほとりで武村兵曹《たけむらへいそう》に別《わか》れ、猛犬《まうけん》の稻妻《いなづま》を從《したが》へて一散走《いつさんばし》り、頓《やが》て海岸《かいがん》の家《いへ》へ皈《かへ》つて見《み》ると、日出雄少年《ひでをせうねん》は只《たゞ》一人《ひとり》で、淋《さび》し相《さう》に門口《かどぐち》の椰子《やし》の樹《き》の木蔭《こかげ》に立《た》つて居《を》つたが、私《わたくし》の姿《すがた》を見《み》るより走《はし》り寄《よ》り
『あゝ、叔父《おぢ》さん、私《わたくし》はどうせうかと思《おも》つたのです、起床《おき》て見《み》ると、叔父《おぢ》さんは居《ゐ》ないし、稻妻《いなづま》も何處《どこ》かへ行《い》つてしまつたんですもの。』と不平顏《ふへいがほ》。
『おゝ、可愛相《かあいさう》に/\。』と私《わたくし》は胸《むね》に抱寄《いだきよ》せた。成程《なるほど》私《わたくし》が今朝《けさ》未明《みめい》に櫻木大佐等《さくらぎたいさら》と共《とも》に家《いへ》を去《さ》つたのは、未《ま》だ少年《せうねん》が安《やす》らかなる夢《ゆめ》を結《むす》んで居《を》つた間《あひだ》で、其後《そのゝち》に目醒《めざ》めた彼《かれ》は、例《いつも》とちがひ私《わたくし》の姿《すがた》も見《み》えず、また最愛《さいあい》の稻妻《いなづま》も居《を》らぬので、定《さだ》めて驚《おどろ》き且《か》つ淋《さび》しく感《かん》じた事《こと》であらうと私《わたくし》は不測《そゞろ》に不憫《ふびん》になり
『あのね、日出雄《ひでを》さん、叔父《おぢ》さんは故意《わざ》と日出雄《ひでを》さんに淋《さび》しい目《め》を見《み》せたのでは無《な》いのだよ。今朝《けさ》行《い》つた處《ところ》は暗《くら》い道《みち》だの危《あぶ》ない橋《はし》だのが澤山《たくさん》あつて、大佐《たいさ》の叔父《おぢ》さんや此《この》叔父《おぢ》さんのやうに、成長《おほき》な人《ひと》でなければ行《ゆ》けない處《ところ》、日出雄《ひでを》さんの樣《やう》に小《ちい》さい人《ひと》[#ルビの「ひと」は底本では「ひど」]が行《ゆ》くと、屹度《きつと》泣《な》きたくなる程《ほど》恐《こわ》い處《ところ》なんだから、默《だま》つて行《い》つたのだよ。』と言《い》ふと、日出雄少年《ひでをせうねん》は眼《め》を擦《こす》つて
『私《わたくし》は、どんな恐《こわ》い處《ところ》でも泣《な》かなくつてよ。』
『泣《な》かない※[#感嘆符疑問符、1−8−78] それは強《つよ》い! けれど今《いま》は危《あぶな》いからいけません、追付《おつつ》け成長《おほきく》なつたら、大佐《たいさ》[#ルビの「たいさ」は底本では「たいた」]の叔父《おぢ》さんも喜《よろこ》んで連《つ》れて行《い》つて下《くだ》さるでせう。サ、サ、それよりは稻妻《いなづま》も歸《かへ》つて來《き》たから、例《いつも》の樣《やう》に海濱《うみべ》へでも行《い》つて、面白《おもしろ》く遊《あそ》んでお出《い》で。』といふと日出雄少年《ひでをせうねん》は忽《たちま》ち機嫌《きげん》麗《うる》はしく、今《いま》私《わたくし》の話《はな》した眞暗《まつくら》な道《みち》や、危《あぶな》い橋《はし》の事《こと》について聞《き》きた相《さう》に顏《かほ》を上《あ》げたが、此時《このとき》、丁度《ちやうど》猛犬稻妻《まうけんいなづま》が耳《みゝ》を垂《た》れ尾《を》を掉《ふ》つて、其《その》傍《そば》へ來《き》たので、忽《たちま》ち犬《いぬ》の方《ほう》に氣《き》を取《と》られて
『稻妻《いなづま》! お前《まへ》何處《どこ》へ行《い》つたの、さあ、之《これ》から競走《かけつくら》だよ。』と、私《わたくし》の膝《ひざ》から跳《をど》つて、犬《いぬ》の首輪《くびわ》に手《て》をかけて、一散《いつさん》に磯《いそ》打《う》つ浪《なみ》の方《かた》へ走《はし》り出《だ》した。
私《わたくし》は家《いへ》に歸《かへ》り、それより終日《しゆうじつ》室内《しつない》に閉籠《とぢこも》つて、兼《かね》てより企《くわだ》てゝ居《を》つた此《この》旅行奇譚《りよかうきだん》の、今迄《いまゝで》の部分《ぶゞん》の編輯《へんしう》に着手《ちやくしゆ》して本書《ほんしよ》第三回《だいさんくわい》の「怪《あやし》の船《ふね》」の邊《へん》まで認《したゝ》めかけると、日《ひ》は暮《く》れ、日出雄少年《ひでをせうねん》も稻妻《いなづま》と、一日《いちにち》四方八方《しほうはつぽう》を走《はし》り歩《ある》いた爲《ため》に酷《ひど》く疲《つか》れて歸《かへ》つて來《き》て、私《わたくし》の膝《ひざ》[#ルビの「ひざ」は底本では「ひだ」]に恁《もた》れた儘《まゝ》、二人《ふたり》暮《く》れ行《ゆ》く空《そら》の景色《けしき》を眺《なが》めて居《を》る頃《ころ》、櫻木大佐《さくらぎたいさ》、武村兵曹《たけむらへいそう》、他《ほか》一隊《いつたい》の水兵《すいへい》は今日《けふ》の業《しごと》を終《をは》つて、秘密造船所《ひみつぞうせんじよ》から皈《かへ》つて來《き》た。
例《いつも》の事《こと》だが、此《この》日《ひ》の晩餐《ばんさん》は特《こと》に私《わたくし》の爲《ため》には愉快《ゆくわい》であつたよ。何故《なぜ》となれば昨日《きのふ》までは、如何《いか》に重要《ぢうえう》な事《こと》にしろ、櫻木大佐《さくらぎたいさ》が或《ある》秘密《ひみつ》をば其《その》胸《むね》に疊《たゝ》んで私《わたくし》に語《かた》らぬと思《おも》ふと、多少《たせう》不快《ふくわい》の感《かん》の無《な》いでもなかつたが、今《いま》は秘密造船所《ひみつぞうせんじよ》の事《こと》も、海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》の事《こと》も盡《こと/″\》く分《わか》り、且《か》つは我《わ》が敬愛《けいあい》する大佐《たいさ》は、斯《かゝ》る大秘密《だいひみつ》をも明《あきらか》に洩《もら》す程《ほど》、私《わたくし》を信任《しんにん》して居《を》るかと思《おも》ふと、嬉《うれ》しさは胸《むね》に滿《み》ち溢《あふ》れて、其《その》知遇《ちぐう》を感《かん》ずる事《こと》益々《ます/\》深《ふか》きと共《とも》[#ルビの「とも」は底本では「とき」]に、私《わたくし》の心《こゝろ》を苦《くる》しめるのは、たゞ如何《いか》にして此《この》厚意《かうゐ》に酬《むく》いんかとの一念《いちねん》。たとへ偶然《ぐうぜん》とはいへ、此《この》離《はな》れ島《じま》に漂着《へうちやく》して、斯《か》く大佐《たいさ》の家《いへ》に住《す》み、大佐《たいさ》をはじめ武村兵曹《たけむらへいそう》其他《そのほか》の水兵等《すいへいら》に一方《ひとかた》ならず世話《せわ》になつて居《を》る身《み》は、彼等《かれら》が毎日《まいにち》/\其《その》職務《しよくむ》のために心身《しんしん》を碎《くだ》いて居《を》るのを、徒《いたず》らに手《て》を拱《こまぬ》いて見《み》て居《を》るに忍《しの》びぬ。如何《いか》なる仕事《しごと》でも、私《わたくし》の力《ちから》に叶《かな》ふ相當《さうたう》の義務《ぎむ》を盡《つく》したいと考《かんが》へたので、私《わたくし》は膝《ひざ》を進《すゝ》めた。
『大佐《たいさ》よ、私《わたくし》も既《すで》に此《この》島《しま》の仲間《なかま》となつた今《いま》は、貴下等《あなたがた》の毎日《まいにち》/\の勞苦《らうく》をば、徒《いたず》らに傍觀《ぼうくわん》して居《を》るに忍《しの》びません、何《な》んでもよい。鐵材《てつざい》の運搬役《うんぱんやく》でも、蒸※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]機關《じようききくわん》の石炭《せきたん》焚《た》きでも何《な》んでもよいから、海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》の竣成《しゆんせい》するまで、私《わたくし》を然《しか》るべき役《やく》に遠慮《えんりよ》なく使《つか》つて下《くだ》さい。』と熱心《ねつしん》に語《かた》つたが、大佐《たいさ》は輕《かろ》く點頭《うなづ》くのみで
『ナニ、ナニ、决《けつ》して其樣《そん》な心配《しんぱい》は御無用《ごむよう》です、君《きみ》と日出雄少年《ひでをせうねん》とは此《この》島《しま》の賓客《ひんきやく》であれば、たゞ食《く》つて寢《ね》て、自由《じゆう》な事《こと》をして、電光艇《でんくわうてい》の竣成《しゆんせい》する日《ひ》まで、氣永《きなが》く待《ま》つて居《を》れば夫《そ》れでよいのです。』と微笑《びせう》を帶《お》びて
『海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》の製造《せいぞう》には、極《きわ》めて細密《さいみつ》なる設計《せつけい》が出來《でき》て、一人《ひとり》の不足《ふそく》をも許《ゆる》さぬ代《かは》りに、一人《ひとり》も増加《ぞうか》する必要《ひつえう》がないのです、ちやんと三十三|名《めい》の水兵《すいへい》が或《ある》年月《ねんげつ》の間《あひだ》働《はたら》いて、豫定通《よていどう》りに竣功《しゆんこう》する手續《てつゞき》になつて居《をり》ますから、君《きみ》も少年《せうねん》もたゞ遊《あそ》んで居《を》ればよいのです。』といふ。大佐《たいさ》の心《こゝろ》では、吾等《われら》兩人《ふたり》が意外《いぐわい》の椿事《ちんじ》の爲《た》めに、此樣《こん》な孤島《はなれじま》へ漂着《へうちやく》して、之《これ》から或《ある》年月《ねんげつ》の間《あひだ》、飛《と》ぶに羽《はね》なき籠《かご》の鳥《とり》、空《むな》しく故國《ここく》の空《そら》をば眺《なが》めて暮《くら》すやうな運命《うんめい》になつたのをば、寧《むし》ろ不憫《ふびん》と思《おも》つて居《を》るのであらう。けれど私《わたくし》は默《だま》つては居《を》られぬ。
『イヤ、左樣《さう》では無《な》いです、若《も》し秘密造船所《ひみつざうせんじよ》の仕事《しごと》に私《わたくし》の必要《ひつえう》が無《な》いなら、料理方《れうりかた》でもやります/\。』と决然《けつぜん》言放《いひはな》つと、此時《このとき》まで食卓《しよくたく》の一方《いつぽう》に、默《だま》つて私《わたくし》の顏《かほ》を眺《なが》めて居《を》つた武村兵曹《たけむらへいそう》は、突然《とつぜん》顏《かほ》を突出《つきだ》して。
『うむ、恰好事《よいこと》がある/\。』と例《れい》の頓狂聲《とんきようごゑ》
『貴方《あなた》に料理方《れうりかた》だなんて、其樣《そん》な馬鹿《ばか》らしい事《こと》が出來《でき》ますか。』と言《い》ひかけて櫻木大佐《さくらぎたいさ》に眼《まなこ》を轉《てん》じ
『大佐閣下《たいさかくか》、好《かう》機會《きくわい》です、例《れい》の一件《いつけん》、此《この》島《しま》に紀念塔《きねんたう》を建《た》てる事《こと》を依頼《いらい》しては如何《どう》でせう。』
大佐《たいさ》はポンと掌《たなごゝろ》[#ルビの「たなごゝろ」は底本では「たなじゝろ」]を叩《たゝ》いた。
『其事《そのこと》! 余《よ》も丁度《ちやうど》考《かんが》へて居《を》つた處《ところ》だ。』と私《わたくし》に向《むか》ひ
『若《も》し、君《きみ》が強《し》いて或《ある》仕事《しごと》を望《のぞ》み玉《たま》ふならば。』と徐《おもむ》ろに語《かた》り出《だ》す大佐《たいさ》の言《げん》によると。元來《ぐわんらい》此《この》孤島《はなれじま》は前《まへ》にも云《い》ふ樣《やう》に、未《ま》だ、世界輿地圖《せかいよちづ》の表面《ひや
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