力《どうりよく》による事《こと》は疑《うたがひ》を容《ゐ》れぬが、殊《こと》に艇尾《ていび》兩瑞《りようたん》に裝置《さうち》されたる六枚《ろくまい》の翅《つばさ》を有《いう》する推進螺旋《スクリユー》の不思議《ふしぎ》なる廻轉作用《くわいてんさよう》の與《あづか》つて力《ちから》ある事《こと》を記臆《きおく》して貰《もら》はねばならぬ。
讀者《どくしや》諸君《しよくん》、私《わたくし》は此《この》秘密《ひみつ》なる海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》の構造《かうざう》については、最早《もはや》説明《せつめい》の筆《ふで》を止《と》めるが、今《いま》の世《よ》は愚《おろ》か、後《のち》の世《よ》にも稀《まれ》にも見出《みいだ》し難《がた》き此《この》軍艇《ぐんてい》が他日《たじつ》其《その》船渠《ドツク》を離《はな》れて世界《せかい》の海上《かいじやう》に浮《うか》んだ時《とき》には、果《はた》して如何《いか》なる驚愕《きようがく》と恐怖《けうふ》とを※[#「一/力」、193−1]國《ばんこく》の海軍社會《かいぐんしやくわい》に與《あた》へるであらうか。世《よ》に若《も》し怪物《くわいぶつ》といふ者《もの》があるならば、此《この》軍艇《ぐんてい》こそ確《たしか》に地球《ちきゆう》の表面《ひやうめん》に於《おい》て、最《もつと》も恐《おそ》るべき大怪物《だいくわいぶつ》として、永《なが》く歐米諸國《をうべいしよこく》の海軍社會《かいぐんしやくわい》の記臆《きおく》に留《とゞま》るであらう。私《わたくし》は斷言《だんげん》する、此《この》海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》が一度《ひとたび》逆浪《げきらう》怒濤《どたう》を蹴《け》つて縱横無盡《じゆうわうむじん》、隱見出沒《いんけんしゆつぼつ》の魔力《まりよく》と逞《たくま》しうする時《とき》には、たとへ百《ひやく》の艦隊《かんたい》、千《せん》の大戰鬪艦《だいせんとうかん》が彈丸《だんぐわん》の雨《あめ》を降《ふ》らして對《むか》つたとて、とても此《この》艇《てい》の活動《くわつどう》を妨《さまた》げる事《こと》は出來《でき》ぬのである。少《すこ》し海軍《かいぐん》の事《こと》に通《つう》じた人《ひと》は誰《たれ》でも知《し》つて居《を》る、すでに海水中《かいすいちう》十四|呎《フヒート》以下《いか》に沈《しづ》んだる或《ある》物《もの》に向《むか》つては、世界最強力《せかいさいきようりよく》のガツトリング[#「ガツトリング」に傍線]機砲《きほう》でも、カ子ー[#「カ子ー」に傍線]砲《ほう》でも、些少《させう》の打撃《だげき》をも加《くわ》ふる事《こと》が出來《でき》ぬのである。况《いわ》んや此《この》海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》は、波威《はてい》に沈降《ちんかう》する事《こと》三十|呎《フヒート》乃至《ないし》五十|呎《フヒート》、其《その》潜行《せんかう》を持續《ぢぞく》し得《う》る時間《じかん》は無制限《むせいげん》であるから、一度《ひとたび》此《この》軍艇《ぐんてい》に睥睨《にら》まれたる軍艦《ぐんかん》は、恰《あだか》も昔物語《むかしがたり》の亞剌比亞《アラビヤ》の沙漠《さばく》の大魔神《だいましん》に魅《みゐ》られたる綿羊《めんよう》のごとく、遁《のが》れんとして遁《のが》るゝ能《あた》はず、鬪《たゝか》はんか、速射砲《そくしやほう》もガツトリング[#「ガツトリング」に傍線]砲《ほう》も到底《とうてい》力《ちから》及《およ》ばぬ海底《かいてい》の此《この》大怪物《だいくわいぶつ》を奈何《いか》せん。此方《こなた》海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》は、我《われ》に敵抗《てきこう》する艦隊《かんたい》ありと知《し》らば、戰鬪凖備《せんとうじゆんび》を整《とゝの》ふる間《ま》も疾《と》しや遲《おそ》しや、敵艦《てきかん》若《も》し非裝甲軍艦《ひさうかうぐんかん》ならば、併列水雷發射機《へいれつすいらいはつしやき》を使用《しよう》する迄《まで》もなく、かの驚《おどろ》くべき三尖衝角《さんせんしやうかく》を絞車《こうしや》の如《ごと》く廻旋《くわいせん》して、一撃《いちげき》突進《とつしん》、敵艦《てきかん》を粉韲《ふんさい》する事《こと》を得可《うべ》く、敵艦《てきかん》若《も》し十四|吋《インチ》以上《いじやう》の裝甲軍艦《さうかうぐんかん》ならば、艇《てい》は逆浪《げきらう》怒濤《どたう》の底《そこ》を電光《でんくわう》の如《ごと》く駛航《しかう》しつゝ、鏡《かゞみ》に映《うつ》る敵情《てきじやう》を察《さつ》して、發射廻旋輪《はつしやくわいせんりん》の一轉《いつてん》又《また》一轉《いつてん》右舷《うげん》左舷《さげん》より發射《はつしや》する新式魚形水雷《しんしきぎよけいすいらい》は一|分時間《ぷんじかん》に七十八|發《ぱつ》。今《いま》三十|隻《せき》[#ルビの「せき」は底本では「きせ」]の一等戰鬪艦《いつとうせんとうかん》をもつて組織《そしき》されたる一大《いちだい》艦隊《かんたい》と雖《いへど》も、日《ひ》出《い》でゝ鳥《とり》鳴《な》かぬ内《うち》に、滅盡《めつじん》する事《こと》が出來《でき》るであらう。
あゝ、海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》! 海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》! 此《この》驚《おどろ》くべく、恐《おそ》るべき一《いち》軍艇《ぐんてい》は今《いま》や我《わ》が大日本帝國《だいにつぽんていこく》の海軍《かいぐん》の列《れつ》に加《くわ》はらんが爲《た》めに、此《この》絶島《ぜつたう》の不思議《ふしぎ》なる海底《かいてい》の造船所《ざうせんじよ》内《ない》に於《おい》て、櫻木海軍大佐《さくらぎかいぐんたいさ》の指揮《しき》の下《した》に、秘《ひそ》かに製造《せいざう》[#ルビの「せいざう」は底本では「せいさう」]されつゝあるのである。讀者《どくしや》諸君《しよくん》! 私《わたくし》は此《この》海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》[#ルビの「かいていせんとうてい」は底本では「かていせんとうてい」]が他日《たじつ》首尾《しゆび》よく竣工《しゆんこう》して、翩飜《へんぽん》[#「翩飜《へんぽん》」は底本では「翻飜《へんぽん》」]たる帝國軍艦旗《ていこくぐんかんき》[#ルビの「ていこくぐんかんき」は底本では「ていこぐんかんき」]を艇尾《ていび》に飜《ひるがへ》しつゝ、蒼波《さうは》漫々《まん/\》たる世界《せかい》の海上《かいじやう》に浮《うか》んだ時《とき》、果《はた》して如何《いか》なる戰爭《せんさう》に向《むか》つて第一《だいいち》に使用《しよう》され、また如何《いな》に目醒《めざ》ましき奮鬪《ふんとう》をなすやは多《おほ》く言《い》ふ必要《ひつえう》もあるまいと考《かんが》へる。
さても、私《わたくし》が櫻木海軍大佐《さくらぎかいぐんたいさ》と武村兵曹《たけむらへいそう》の案内《あんない》に從《したが》つて、海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》の縱覽《じゆうらん》を終《をは》つて後《のち》、再《ふたゝ》び艇外《ていぐわい》に出《い》でたのは、かれこれ二時間《にじかん》程《ほど》後《あと》であつた。それより洞中《どうちゆう》の造船所《ぞうせんじよ》内《ない》を殘《のこ》る隈《くま》なく見物《けんぶつ》したが、ふと見《み》ると、洞窟《どうくつ》の一隅《いちぐう》に、岩《いわ》が自然《しぜん》に刳《えぐ》られて、大《だい》なる穴倉《あなぐら》となしたる處《ところ》、其處《そこ》に、嚴重《げんぢう》なる鐵《てつ》の扉《とびら》が設《まう》けられて、扉《とびら》の表面《ひやうめん》には黄色《きいろ》のペンキで「海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》の生命《せいめい》」なる數字《すうじ》が記《しる》されてあつた。
『之《これ》は何《なん》ですか。』と私《わたくし》が問《と》ふと大佐《たいさ》は言葉《ことば》靜《しづ》かに
『此《この》倉庫《さうこ》には前《ぜん》申《まう》した、海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》の動力《どうりよく》の原因《げんいん》となるべき重要《ぢうえう》の化學藥液《くわがくやくえき》が、十二の樽《たる》に滿《みた》されて藏《をさ》められてあるのです。實《じつ》に此《この》藥液《やくえき》の樽《たる》こそ、海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》の生命《せいめい》ともいふべき物《もの》です。』と答《こた》へた。此《この》他《ほか》猶《な》ほ、見《み》もし聞《きゝ》もしたき事《こと》は澤山《たくさん》あつたが、時刻《じこく》は既《すで》に八|時《じ》に近《ちか》く、艇《てい》の邊《へん》には既《すで》に夥多《あまた》の水兵《すいへい》が集《あつま》つて來《き》て、最早《もはや》工作《こうさく》の始《はじ》まる模樣《もやう》、且《か》つは、海岸《かいがん》の家《いへ》には、日出雄少年《ひでをせうねん》は只《たゞ》一人《ひとり》で定《さだ》めて淋《さび》しく、待兼《まちかね》て居《を》る事《こと》だらうと、思《おも》つたので、私《わたくし》は大佐《たいさ》に別《わかれ》を告《つ》げて、此處《こゝ》を立去《たちさ》る事《こと》に决《けつ》した。たゞ此《この》秘密造船所《ひみつぞうせんじよ》を出《い》づる前《まへ》に、一言《ひとこと》聽《き》きたきは、海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》の竣成《しゆんせい》の期日《きじつ》と、此《この》艇《てい》の如何《いか》に命名《めいめい》されるかとの點《てん》である。大佐《たいさ》は私《わたくし》の問《とひ》に對《たい》して、悠々《ゆう/\》と鼻髯《びせん》を捻《ひね》りつゝ
『若《も》し不時《ふじ》の天變《てんぺん》が無ければ、今《いま》より二年《にねん》九《く》ヶ|月目《げつめ》、即《すなは》ち之《これ》から三度目《さんどめ》の記元節《きげんせつ》を迎《むか》ふる頃《ころ》には、試運轉式《しうんてんしき》を擧行《きよかう》し、引續《ひきつゞ》いて本島《ほんとう》を出發《しゆつぱつ》して、懷《なつ》かしき芙蓉《ふえう》の峯《みね》を望《のぞ》む事《こと》が出來《でき》ませう。』と答《こた》へ、艇《てい》の名《な》に就《つ》いては斯《か》う言《い》つた。
『實《じつ》[#ルビの「じつ」は底本では「じ」]は、電光艇《でんくわうてい》と命名《めいめい》する積《つもり》です。』
電光艇《でんくわうてい》! 電光艇《でんくわうてい》[#ルビの「でんくわうてい」は底本では「でんこくうてい」]! 如何《いか》に其實《そのじつ》に相應《ふさは》しき名《な》よと、私《わたくし》は感嘆《かんたん》すると、大佐《たいさ》は言《ことば》をつゞけ
『此《この》艇名《ていめい》は、我《わ》が敬慕《けいぼ》する山岡鐵舟先生《やまをかてつしうせんせい》の詩《し》より採《と》つたのです。』
『鐵舟先生《てつしうせんせい》の詩《し》?。』と私《わたくし》は小首《こくび》を傾《かたむ》けたが、忽《たちま》ち心付《こゝろづ》いた。
『電光影裏斬春風《でんくわうえいりしゆんぷうをきる》、此《この》詩《し》ですか。』
『それです』と大佐《たいさ》は莞爾《につこ》と打笑《うちえ》みつゝ
『他日《たじつ》我《わ》が海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》が、帝國軍艦旗《ていこくぐんかんき》を飜《ひるがへ》して、千艇※[#「一/力」、197−12]艦《せんていばんかん》の間《あひだ》に立《た》つの時《とき》、願《ねがは》[#ルビの「ねがは」は底本では「ねがほ」]くば其《その》名《な》の如《ごと》く、神速《しんそく》に、且《か》つ猛烈《まうれつ》ならん事《こと》を望《のぞ》むのです。』
此《この》談話《だんわ》が叔《をは》ると、私《わたくし》は大佐《たいさ》に別《わかれ》を告《つ》げ、武村兵曹《たけむらへいそう》に送《おく》られて、前《まへ》の不思議《ふしぎ》なる道《みち》を※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、198−4]《す》ぎて、秘密造船所
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