うめう》不可思議《ふかしぎ》なるやは、細密《さいみつ》なる機械製圖等《きかいせいづとう》をもつて説明《せつめい》しなければとても解《わか》らぬが、先《ま》づ此《この》發射管《はつしやくわん》の裝置《さうち》されたる秘密室《ひみつしつ》には、一面《いちめん》の明鏡《めいきやう》があつて、電流《でんりう》の作用《さよう》と、二百三十|個《こ》の反射鏡《はんしやきやう》の作用《さよう》とによつて、居《ゐ》ながら海上海底《かいじやうかいてい》の光景《くわうけい》を觀測《くわんそく》する事《こと》を得《う》べく、自動照凖器《じどうせうじゆんき》をもつて潮流《てうりう》の速力《そくりよく》を知《し》り、波動《はどう》の方向《ほうかう》を定《さだ》め、海戰《かいせん》既《すで》に始《はじ》まらは、艇《てい》は逆浪《げきらう》怒濤《どたう》の底《そこ》を電光《でんくわう》の如《ごと》く駛《はし》る、其《その》間《あひだ》に立《た》つて、明鏡《めいきやう》に映《うつ》る海上海底《かいじやうかいてい》の光景《くわうけい》を眺《なが》めつゝ、白晝《はくちう》ならば單《たん》に水雷方位盤《ダイレクター》を動《うご》かすのみ、夜戰《やせん》ならば發火電鑰《はつくわでんやく》を一牽《いつけん》して、白色《はくしよく》、緑色《りよくしよく》の強熱電光《きようねつでんくわう》を射出《しやしつ》し、照星照尺《せうせいせうしやく》を定《さだ》めて、旋廻輪《せんくわいりん》を一轉《いつてん》すると、忽《たちま》ち電鈴《でんれい》鳴《な》り、發射框《はつしやかう》動《うご》いて、一|分間《ぷんかん》に七十八|個《こ》の魚形水雷《ぎよけいすいらい》は、雨《あめ》の如《ごと》く、霰《あられ》の如《ごと》く發射《はつしや》せらるゝのである。此《この》魚形水雷《ぎよけいすいらい》は、其《その》全長《ぜんちやう》僅《わず》かに二|呎《ヒート》三|吋《インチ》、最大《さいだい》直徑《ちよくけい》三|吋《インチ》に※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、178−12]《す》ぎず、之《これ》を今日《こんにち》の海戰《かいせん》に專《もつぱ》ら行《おこな》はるゝ保氏魚形水雷《ホルランドしぎよけいすいらい》に比《ひ》すると、其《その》大《おほい》さは七|分《ぶん》の一にも足《た》らぬが、氣室《きしつ》、浮室《ふしつ》、尾片等《びへんとう》の設備《せつび》整然《せいぜん》として、殊《こと》に其《その》頭部《とうぶ》に裝填《さうてん》せられたる爆發藥《ばくはつやく》は、普通《ふつう》魚形水雷《ぎよけいすいらい》の頭部《とうぶ》綿火藥《めんくわやく》百七十五|斤《きん》に相當《さうたう》して、千四百|碼《ヤード》の有效距離《いうかうきより》を四十一|節《ノツト》の速力《そくりよく》をもつて駛行《しかう》する事《こと》が出來《でき》るのであるから、砲聲《ほうせい》轟々《がう/\》、硝煙《せうえん》朦朧《もうらう》たる海洋《かいやう》の戰《たゝかひ》に、海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》龍《りやう》の如《ごと》く、鯱《しやち》の如《ごと》く、怒濤《どたう》を蹴《け》つて駛走《しさう》しつゝ、明鏡《めいきやう》に映《うつ》る海上《かいじやう》の光景《くわうけい》を展眸《てんばう》して、發射旋廻輪《はつしやせんくわいりん》の一轉《いつてん》又《また》一轉《いつてん》、敵艦右舷《てきかんうげん》に來《きた》れば右舷《うげん》の水雷《すいらい》之《これ》を轟沈《がうちん》し、敵艦左舷《てきかんさげん》に見《み》ゆれば左舷《さげん》の水雷《すいらい》之《これ》を粉韲《ふんさい》するの有樣《ありさま》は、殆《ほと》んど眼《め》にも留《とま》らぬ活景《くわつけい》であらう。
新式水雷發射管《しんしきすいらいはつしやくわん》の構造《かうざう》と、其《その》猛烈《まうれつ》なる作用《さよう》とは略右《ほゞみぎ》の如《ごと》くであるが、更《さら》に海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》の全部《ぜんぶ》を見渡《みわた》すと、艇《てい》は中央《ちゆうわう》の軍機室《ぐんきしつ》より前後《ぜんご》十|敷個《すうこ》に區劃《くくわく》されて、海圖室《かいづしつ》もある、操舵室《さうだしつ》もある、探海電燈室《たんかいでんとうしつ》もある。殊《こと》に浮沈室《ふちんしつ》と機關室《きくわんしつ》とは此《この》艇《てい》の最《もつと》も主要《しゆえう》なる部分《ぶゞん》ではあるが、此事《このこと》に就《つ》いては殘念《ざんねん》ながら私《わたくし》の誓《ちかひ》に對《たい》して一言《いちごん》も明言《めいげん》する事《こと》は出來《でき》ぬ。たゞ一寸《ちよつと》洩《もら》して置《お》くが、此《この》艇《てい》百種《ひやくしゆ》の機關《きくわん》の作用《さよう》を宰《つかさど》る動力《どうりよく》は世《よ》の常《つね》の蒸氣力《じようきりよく》でもなく電氣力《でんきりよく》でもなく、現世紀《げんせいき》には未《いま》だ知《し》られざる一種《いつしゆ》の化學的作用《くわがくてきさよう》で、櫻木大佐《さくらぎたいさ》が幾年月《いくねんげつ》の間《あひだ》苦心《くしん》に苦心《くしん》を重《かさ》ねたる結果《けつくわ》、或《ある》秘密《ひみつ》なる十二|種《しゆ》の化學藥液《くわがくやくえき》の機密《きみつ》なる分量《ぶんりよう》の化合《くわごう》は、普通《ふつう》の電氣力《でんきりよく》に比《ひ》して、殆《ほと》んど三十|倍《ばい》以上《いじやう》の猛烈《まうれつ》なる作用《さよう》を起《おこ》す事《こと》を發見《はつけん》し、其《それ》を此《この》艇《てい》の總《すべて》の機關《きくわん》に適用《てきよう》したので、艇《てい》の進行《しんかう》も、三尖衝角《さんせんしやうかく》の廻旋《くわいせん》も、新式水雷發射機《しんしきすいらいはつしやき》の運轉《うんてん》も、すべて此《この》秘密《ひみつ》なる活動力《くわつどうりよく》によつて支配《しはい》されて居《を》るのである。
以上《いじやう》で、吾《わ》が敬愛《けいあい》する讀者《どくしや》諸君《しよくん》は髣髴《ほうふつ》として、此《この》艇《てい》の構造《かうざう》と其《その》驚《おどろ》くべき戰鬪力《せんとうりよく》について、或《ある》想像《さうざう》を腦裡《こゝろ》に描《えが》かれたであらう。最早《もはや》煩縟《くた/″\》しくいふに及《およ》ばぬ、此《この》不思議《ふしぎ》なる海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》は、今日《こんにち》世界《せかい》萬國《ばんこく》の海軍社會《かいぐんしやくわい》に於《おい》て、互《たがひ》に其《その》改良《かいりよう》と進歩《しんぽ》とを競《きそ》ひつゝある海底潜行艇《かいていせんかうてい》の一種《いつしゆ》である。然《しか》り、海底潜行艇《かいていせんかうてい》の一種《いつしゆ》には相違《さうゐ》ないが、然《しか》し私《わたくし》は單《たん》に此《この》軍艇《ぐんてい》をば潜行艇《せんかうてい》と呼《よ》ぶのみを以《もつ》ては滿足《まんぞく》しない、何《なに》となれば現今《げんこん》歐米諸國《をうべいしよこく》の發明家等《はつめいから》は、毎年《まいねん》のやうに新奇《しんき》なる潜行艇《せんかうてい》を發明《はつめい》したと誇大《こだい》に吹聽《ふいちやう》するものゝ、其《その》多數《おほく》は、「水《みづ》バラスト」とか、横舵《わうだ》、縱舵《じゆうだ》の改良《かいりよう》とか、其他《そのほか》排氣啣筒《はいきぽんぷ》や、浮沈機等《ふちんきとう》に尠少《いさゝか》ばかりの改良《かいりよう》を加《くわ》へたのみで、其《その》動力《どうりよく》は常《つね》に石油發動力《せきゆうはつどうりよく》にあらずば、電氣力《でんきりよく》と定《さだ》まり、艇形《ていけい》は葉卷烟草形《はまきたばこがた》に似《に》て、推進螺旋《スクリユー》の翅《つばさ》の不思議《ふしぎ》に拗《よぢ》れたる有樣《ありさま》など、例《いつ》もシー、エヂスン[#「シー、エヂスン」に傍線]氏等《しら》の舊套《きゆうとう》を摸傚《もほう》するばかりで、成程《なるほど》海中《かいちう》を潜行《せんかう》するが故《ゆゑ》に潜水艇《せんすいてい》の名《な》は虚僞《うそ》ではないにしても、從來《じゆうらい》の實例《じつれい》では、是等《これら》の潜行艇《せんかうてい》は海水《かいすい》の壓力《あつりよく》の爲《た》めと空氣《くうき》の缺乏《けつぼう》の爲《ため》に海底《かいてい》六|呎《フヒート》以下《いか》に沈降《ちんかう》するものは稀《まれ》で、一|時間《じかん》以上《いじやう》の潜行《せんかう》を持續《ぢぞく》するものは皆無《かいむ》といふ有樣《ありさま》。されば今世紀《こんせいき》に於《おい》て最《もつと》も進歩《しんぽ》發達《はつたつ》[#ルビの「はつたつ」は底本では「はつだつ」]して居《を》ると稱《せう》せらるゝ佛國《フツこく》シエルブル[#「シエルブル」に二重傍線]造船所《ざうせんじよ》の一等潜行艇《いつとうせんかうてい》でも、此《この》二個《にこ》の缺點《けつてん》のある爲《ため》に充分《じゆうぶん》の働作《はたらき》も出來《でき》ず、首尾《しゆび》よく敵艦《てきかん》に接近《せつきん》しながら、屡々《しば/\》速射砲等《そくしやほうとう》をもつて反對《はんたい》に撃沈《げきちん》される程《ほど》で、とても、我《わ》が櫻木海軍大佐《さくらぎかいぐんたいさ》の破天荒《はてんくわう》なる、此《この》海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》とは比較《ひかく》する事《こと》も出來《でき》ぬのである。今《いま》、此《この》新奇《しんき》なる海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》は、艇底《ていてい》に設《まう》けられたる自動浮沈機《じどうふちんき》の作用《さよう》で、海底《かいてい》三十|呎《フヒート》乃至《ないし》五十|呎《フヒート》迄《まで》の深《ふか》さに沈《しづ》む事《こと》を得《う》べく、空氣《くうき》は、普通《ふつう》の氣蓄器《きちくき》又《また》は空氣壓搾喞筒等《くうきあつさくぽんぷとう》に依《よ》る事《こと》なく、艇《てい》の後端《こうたん》に裝置《さうち》されたる或《ある》緻密《ちみつ》なる機械《きかい》の作用《さよう》にて、大中小《だいちうせう》幾百條《いくひやくでう》とも知《し》れず、兩舷《りようげん》より海中《かいちゆう》に突出《つきだ》されたる、亞鉛管《あゑんくわん》及《および》銅管《どうくわん》を通《つう》じて、海水中《かいすいちゆう》より水素《すいそ》酸素《さんそ》を分析《ぶんせき》して大氣《たいき》[#ルビの「たいき」は底本では「だいき」]筒中《たうちゆう》に導《みちび》き、吸鍔棹《ピストン》に似《に》たる器械《きかい》の上下《じやうか》するに隨《したが》つて、新鮮《しんせん》なる空氣《くうき》は蒸氣《じようき》の如《ごと》く一方《いつぽう》の巨管《きよくわん》から艇内《ていない》に吹出《ふきだ》され、艇内《ていない》の惡分子《あくぶんし》は、排氣喞筒《はいきぽんぷ》によつて始終《しじゆう》艇外《ていぐわい》に排出《はいしゆつ》せられるから、艇《てい》は些《いさゝか》も空氣《くうき》の缺乏《けつぼう》を感《かん》ずる事《こと》なく、十|時間《じかん》でも二十|時間《じかん》でも、必要《ひつよう》に應《おう》じて海底《かいてい》の潜行《せんかう》を繼續《けいぞく》する事《こと》が出來《でき》るのである。速力《そくりよく》は一時間《いちじかん》に平速力《へいそくりよく》五十六|海里《ノツト》、最速力《さいそくりよく》百〇七|海里《ノツト》。かくも驚《おどろ》くべき速力《そくりよく》を有《いう》するのは全《まつた》く艇《てい》の形體《けいたい》と、蒸氣力《じようきりよく》よりも電氣力《でんきりよく》よりも數十倍《すうじふばい》強烈《きようれつ》なる動
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