し》は胸《むね》を跳《をど》らせた。大佐《たいさ》は言《ことば》をつゞけ
『此邊《このへん》の事《こと》は、本國《ほんごく》でも人《ひと》の風評《うわさ》に上《のぼ》り、君《きみ》にも幾分《いくぶん》の御想像《ごさうぞう》は付《つ》いたらうが、果《はた》して如何《いか》なる發明《はつめい》であるかは、其物《そのもの》の全《まつた》く竣成《しゆんせい》する迄《まで》は、誰《たれ》も知《し》つて居《を》る者《もの》はない、私《わたくし》は外國《ぐわいこく》の軍事探偵《ぐんじたんてい》や、其他《そのた》利己心《りこしん》多《おほ》き人々《ひと/″\》の覬覦《きゆ》から、完全《くわんぜん》に其《その》秘密《ひみつ》を保《たも》たんが爲《た》めに、自《みづか》ら此樣《こん》な孤島《はなれじま》に身《み》を忍《しの》ばせて、其《その》製造《せいぞう》をも極《きわ》めて内密《ないみつ》にして居《を》る次第《しだい》だが――。』と言《い》ひかけて、言葉《ことば》に一段《いちだん》の力《ちから》を込《こ》め
『けれど柳川君《やながはくん》よ、君《きみ》は不思議《ふしぎ》にも、天《てん》の導《みちびき》のやうに、我等《われら》の仲間《なかま》に入《い》つて來《き》ました。今《いま》前後《ぜんご》の事情《じじやう》より考《かんが》へ、また君《きみ》の人物《じんぶつ》を信《しん》ずるので、若《も》し、君《きみ》に確固《くわくこ》たる約束《やくそく》があるならば、今日《こんにち》に於《おい》て、此《この》大秘密《だいひみつ》を、君《きみ》に明言《めいげん》して置《お》く事《こと》の、寧《むし》ろ得策《とくさく》なるを信《しん》ずるのです。』
『え、私《わたくし》に、其《その》大秘密《だいひみつ》を――。』と、私《わたくし》は倚子《ゐす》から立上《たちあが》つた。大佐《たいさ》は沈重《ちんちやう》なる聲《こゑ》で
『左樣《さやう》、私《わたくし》は君《きみ》を確信《くわくしん》します、若《も》し君《きみ》は我等《われら》の同志《どうし》の士《し》として、永久《えいきゆう》に此《こ》の秘密《ひみつ》を守《まも》る事《こと》を約束《やくそく》し玉《たま》はゞ、請《こ》ふ誠心《せいしん》より三度《みたび》天《てん》に誓《ちか》はれよ。』
私《わたくし》は猶豫《ゆうよ》もなく、堅《かた》き誓《ちかひ》を立《た》てると、大佐《たいさ》はツト身《み》を起《おこ》して私《わたくし》の手《て》を握《にぎ》り
『誓《ちかひ》は形式《けいしき》です。けれど愛國《あいこく》の情《じやう》深《ふか》き君《きみ》は、※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、176−4]《あやま》つても此《この》秘密《ひみつ》をば、無用《むよう》の人《ひと》に洩《もら》し玉《たま》ふな。』
『斷《だん》じて/\、たとへ此《この》唇《くちびる》が裂《さ》かるゝとも。』と私《わたくし》は斷乎《だんこ》として答《こた》へた。大佐《たいさ》は微笑《びせう》を帶《を》びて私《わたくし》の顏《かほ》を眺《なが》めた。さて其《その》秘密《ひみつ》は如何《いか》なる物《もの》にや、此《この》夜《よ》はたゞ誓《ちかひ》に終《をは》つて、詳密《つまびらか》なる事《こと》は、明日《めうにち》、其《その》秘密《ひみつ》の潜《ひそ》められたる塲所《ばしよ》に於《おい》て、實物《じつぶつ》に就《つい》て、明白《めいはく》に示《しめ》さるゝとの事《こと》、此《この》夜《よ》は其儘《そのまゝ》寢床《ねどこ》に横《よこたは》つたが、いろ/\の想像《さうぞう》に驅《か》られて、深更《しんこう》まで夢《ゆめ》に入《い》る事《こと》が出來《でき》なかつた。
人間《にんげん》は勝手《かつて》なもので、私《わたくし》は前夜《ぜんや》は夜半《やはん》まで眠《ねむ》られなかつたに係《かゝは》らず、翌朝《よくあさ》は暗《くら》い内《うち》から目《め》が醒《さ》めた。五|時《じ》三十|分《ぷん》頃《ごろ》、櫻木大佐《さくらぎたいさ》は武村兵曹《たけむらへいそう》を伴《ともな》つて、私《わたくし》の部室《へや》の戸《と》を叩《たゝ》いた。之《これ》より其《その》秘密《ひみつ》なる塲所《ばしよ》へ出掛《でか》けるのである。
三人《みたり》は家《いへ》を出《い》で、朝霧《あさぎり》深《ふか》き海岸《かいがん》を北《きた》へと進《すゝ》んだ。武村兵曹《たけむらへいそう》は猛犬《まうけん》の稻妻《いなづま》を從《したが》へて、常《つね》に十歩《じつぽ》ばかり前《さき》へ進《すゝ》むので、私《わたくし》と大佐《たいさ》とは相《あひ》並《なら》んで歩《あゆ》んだが、一言《いちごん》も無《な》い。あゝ、其《その》秘密《ひみつ》なる發明《はつめい》とは何《なん》であらう。有力《いうりよく》なる軍器《ぐんき》と云《い》へば、非常《ひじやう》なる爆發力《ばくはつりよく》を有《いう》する彈丸《だんぐわん》の種類《しゆるい》かしら、それとも、一種《いつしゆ》の魔力《まりよく》を有《いう》する大砲《たいほう》の發明《はつめい》であらうか。イヤ/\、大佐《たいさ》の口吻《くちぶり》では、もつと有力《いうりよく》なる發明《はつめい》であらうと、樣々《さま/″\》の想像《さうぞう》を描《えが》いて居《を》る内《うち》に、遂《つひ》に到着《たうちやく》したのは、昨曉《さくぎよう》、大佐《たいさ》の後影《うしろかげ》をチラリと認《みと》めた灣中《わんちう》の屏風岩《べうぶいわ》の邊《へん》、此處《こゝ》で、第一《だいいち》に不思議《ふしぎ》に感《かん》じたのは、此《この》屏風形《べうぶがた》の岩《いわ》は、遠方《えんぽう》から見《み》ると、只《たゞ》一枚《いちまい》丈《だ》け孤立《こりつ》して居《を》るやうだが、今《いま》、其《その》上《うへ》へ登《のぼ》つて見《み》ると、三方《さんぽう》四方《しほう》に同《おな》じ形《かたち》の岩《いわ》がいくつも重《かさな》り合《あ》つて、丁度《ちやうど》羅馬《ローマ》古代《こだい》の大殿堂《テンプル》の屋根《やね》のやうな形《かたち》をなし、其《その》下《した》は疑《うたがひ》もなき大洞窟《おほほらあな》で、逆浪《ぎやくらう》怒濤《どたう》が隙間《すきま》もなく四邊《しへん》に打寄《うちよ》するに拘《かゝは》らず、洞窟《ほらあな》の中《なか》は極《きわ》めて靜謐《せいひつ》な樣子《やうす》で、吾等《われら》の歩《あゆ》む毎《たび》に、其《その》跫音《あしおと》はボーン、ボーン、と物凄《ものすご》く響《ひゞ》き渡《わた》つた。
屏風岩《べうぶいわ》の上《うへ》を二十ヤードばかり進《すゝ》むと、正面《しやうめん》に壁《かべ》のやうに屹立《つゝた》つたる大巖石《だいがんせき》の中央《ちゆうわう》に、一個《いつこ》の鐵門《てつもん》があつて、其《その》鐵門《てつもん》の前《まへ》には、武裝《ぶさう》せる當番《たうばん》の水兵《すいへい》が嚴肅《げんしゆく》に立《た》つて居《を》つたが、大佐等《たいさら》の姿《すがた》を見《み》るより、恭《うやうや》しく敬禮《けいれい》を獻《さゝ》げた。近《ちか》づいて見《み》ると、鐵門《てつもん》の上部《じやうぶ》には、岩《いわ》に刻《きざ》まれて「秘密《ひみつ》造船所《ざうせんじよ》」の五|字《じ》が意味《ゐみ》あり氣《げ》に現《あら》はれて居《を》つた。
第十五回 電光艇《でんくわうてい》
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鼕々たる浪の音――投鎗に似た形――三尖衝角――新式魚形水雷――明鏡に映る海上海底の光景――空氣製造器――鐵舟先生の詩
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武村兵曹《たけむらへいそう》は腰《こし》なる大鍵《おほかぎ》を索《さぐ》つて、鐵門《てつもん》の扉《とびら》と開《ひら》いた。
『此處《こゝ》が秘密《ひみつ》の塲所《ばしよ》の入口《いりくち》です。』と櫻木海軍大佐《さくらぎかいぐんたいさ》は私《わたくし》を顧見《かへりみ》た。此時《このとき》はまだ工事《こうじ》も始《はじ》まらぬと見《み》へ、例《れい》の鐵《てつ》の響《ひゞき》も聽《きこ》えず、中《なか》はシーンとして、凄《すご》い程《ほど》物靜《ものしづ》かだ。私《わたくし》は二人《ふたり》の案内《あんない》に從《したが》つて、鐵門《てつもん》を※[#「穴かんむり/兪」、第4水準2−83−17]《くゞ》つたが、はじめ十|歩《ぽ》ばかりの間《あひだ》は身《み》を屈《かゞ》めて歩《あゆ》む程《ほど》で、稍《や》や廣《ひろ》くなつたと思《おも》ふと、直《す》ぐ前《まへ》には、岩《いわ》に刻《きざ》んで設《まう》けられた險《けわ》しい階段《かいだん》がある、其《その》階段《かいだん》を降《お》り盡《つく》すと、眞暗《まつくら》になつて、恰《あだか》も墜道《とんねる》のやうに物淋《ものさび》しい道《みち》を、武村兵曹《たけむらへいそう》が即座《そくざ》に點《てん》じた球燈《きゆうとう》の光《ひかり》に照《てら》して、右《みぎ》に折《を》れ、左《ひだり》に轉《てん》じて、凡《およ》そ百四五十ヤードも進《すゝ》むと、岩石《がんぜき》が前《まへ》と後《うしろ》に裂《さ》け離《はな》れて、峽《けう》をなし、其《その》間《あひだ》を潮《うしほ》が矢《や》の如《ごと》く洞外《どうぐわい》から流《なが》れ入《い》り、流《なが》れ去《さ》つて居《を》る。峽上《けいじやう》には一筋《ひとすぢ》の橋《はし》があつて、それを渡《わた》ると又《ま》た鐵《てつ》の扉《とびら》だ。武村兵曹《たけむらへいそう》は前《まへ》と同《おな》じ樣《やう》に其《その》扉《とびら》を押開《おしひら》くと、同時《どうじ》にサツと射込《さしこ》む日《ひ》の光《ひかり》、疑《うたがひ》もない、扉《とびら》の彼方《かなた》は明《あか》るい所《ところ》だ、兵曹《へいそう》はプツと球燈《きゆうとう》を吹消《ふきけ》す、途端《とたん》に、櫻木大佐《さくらぎたいさ》は私《わたくし》に向《むか》ひ
『此處《こゝ》です。』と一言《いちごん》を殘《のこ》して、先《ま》づ鐵門《てつもん》を※[#「穴かんむり/兪」、第4水準2−83−17]《くゞ》つた、私《わたくし》もつゞいて其《その》中《なか》に入《い》ると、忽《たちま》ち見《み》る、此處《こゝ》は、四方《しほう》數百《すうひやく》間《けん》の大洞窟《おほほらあな》で、前後左右《ぜんごさゆう》は削《けづ》つた樣《やう》な巖石《がんぜき》に圍《かこ》まれ、上部《じやうぶ》には天窓《てんまど》のやうな、巨大《おほき》な岩《いわ》の裂目《さけめ》があつて、其處《そこ》から太陽《たいやう》の光《ひかり》は不足《ふそく》なく洞中《どうちう》を照《てら》してをるのである。耳《みゝ》を傾《かたむ》けると、何處《いづく》ともなく鼕々《とう/\》と浪《なみ》の音《おと》の聽《きこ》ゆるのは、此《この》削壁《かべ》の外《そと》は、怒濤《どとう》逆卷《さかま》く荒海《あらうみ》で、此處《こゝ》は確《たしか》に海底《かいてい》數十《すうじふ》尺《しやく》の底《そこ》であらう。此塲《このば》の光景《くわうけい》のあまりに天然《てんねん》に奇體《きたい》なので、私《わたくし》は暫時《しばし》、此處《こゝ》は人間《にんげん》の境《きやう》か、それとも、世界《せかい》外《ぐわい》の或《ある》塲所《ばしよ》ではあるまいかと疑《うたが》つた程《ほど》で、更《さら》に心《こゝろ》を落付《おちつ》けて見《み》ると、總《すべ》ての構造《こうざう》は全《まつた》く小造船所《せうざうせんじよ》のやうで、宏大《くわうだい》なる洞窟《どうくつ》の中《なか》は數部《すうぶ》に分《わか》たれ、船渠《せんきよ》、起重機《きじゆうき》、製圖塲等《せいづじやうとう》の整備《せいび》はいふ迄《まで》もなく、錬鐵塲《れんてつじやう》には鎔解爐《ようかいろ》あり、大鐵槌《だいてつゝゐ》あり、鑄物塲《ちゆうぶつじやう》
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