》した。やがて羽《はね》を整《ととの》へて、頭《あたま》を高《たか》くあげた。だんだんと下界《した》を離《はな》れる。もう千メートルだ。二|羽《は》の鴉《からす》はそこで初《はじ》めて口《くち》をきいた。
『おい、ペンペ、下界《した》を見《み》ろ。すばらしい景色《けしき》じやないか。お前《まへ》なんぞこゝらまで飛《と》んで来《き》たこともあるまい。』
『もちろん僕《ぼく》は初《はじ》めてだ。こんなに飛《と》べるとは思《おも》はなかつたよ。愉快々々《ゆくわいゆくわい》。そりやさうと大分《だいぶん》寒《さむ》くなつて来《き》た。ラランよ、ヱヴェレストのてつぺんはまだ遠《とほ》いか。』
『ああまだ膝小僧《ひざこぞう》にもとゞいてないよ。さうさな、休《やす》みなしの直行《ちよくかう》で夕方《ゆふがた》までには着《つ》けるだらう。これからが大飛行《だいひこう》になるんだ。』
『うう寒《さむ》い寒《さむ》い』
ペンペは少《すこ》し首《くび》を縮《ちぢ》めた。二千メートルの雲《くも》の中《なか》だ。ペンペは息《いき》をはづませてゐる。
『ラランよ。この雲《くも》を出《で》てしまへば、もうすぐだらうな。』
『まだまだ。こんな雲《くも》はこの先《さき》いくらでもあるんだ。元気《げんき》を出《だ》せよ、元気《げんき》を。』
『腹《はら》が減《へ》つてきたんだ。ラランよ、何《なに》かたべるものはないか。』
『戯談《じやうだん》いふな。三千メートルのまつたゞ中《なか》だぞ。辛棒《しんぼう》しろ、気《き》の弱《よわ》いやつだ。』
 もう下界《した》を見《み》ても、なにもかもわからないほどだ。初《はじ》めの元気《げんき》もどこへやら、ペンペは胸《むね》がドキドキする。フト気《き》がつくと、先《さき》に飛《と》んでゐるラランが何《なに》が旨味《うま》いものでもたべてゐるやうな音《おと》をたてゝ、喉《のど》を気持《きもち》よく鳴《なら》してゐる。ペンペはもう我慢《がまん》ができないで、
『ラランよ、たべるものがあるなら分《わ》けてくれ。ずゐぶん旨味《うま》さうな音《おと》だ。頼《たの》むよ。少《すこ》しでいいから。』
と、疲《つか》れてきた羽《はね》にバサバサと力《ちから》を罩《こ》めて、追《お》ひつかうとするけれど、ラランのやつはさつさと先《さき》へ飛《と》びながら、着《お》ち|つ《つ》いた[#
前へ 次へ
全8ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
逸見 猶吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング