よ》せの中に、柳の大木が生えてゐる。枝に葉のある季節には、青い簾《すだれ》のやうにその枝が、土蔵の前を覆うてゐた。町内のどの家と交際してゐるといふこともなかつた。
 土蔵には、鉄格子の組まれた窓があつた。その中が勉強部屋になつてゐるらしく、末息子の皆三の顔がよく見えた。
 子供達のなかの誰もこの家のことをよく知らなかつた。富んでゐる無職業《しもたや》の旧家《きゅうか》であることだけは判つたが、内部の家族の生活振りや程度のことなど、子供|等《ら》の方から、てんで知り度《た》い慾望もなかつたのである。ただ土蔵の窓から、体格のしつかりしてさうな眉目《びもく》秀麗な子供の皆三が、しよつちゆう顔を見せてゐる癖に、決して外へ出て、みんなと一緒に遊ばない超然たるところを子供達は憎んだ。さういふ型違ひな子供のゐる日比野の家は、何か秘密がありさうな不思議な家と漠然と思つてゐるだけだつた。
 子供達は、お涌も時に交《まじ》つて、その土蔵の外の溝板《どぶいた》に忍び寄り、俄《にわ》かに足音を踏み立てて「ひとりぼつち――土蔵の皆三」と声を揃《そろ》へて喚《わめ》く。お涌もこの皆三の超然たるところを憎むことに於
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