女中の使者らしい勿体《もったい》振つた口上にどぎまぎして、蝙蝠も惜《おし》くはあるが遣《や》らなければならないものと観念して、小さい声で
「ええ、あげますわ」
といつて女中の前に小動物を差出した。
「ほんとに、済みませんで御座《ござ》います」
女中は礼を繰返しながら蝙蝠をお涌の手から抓《つま》み代へて受取らうとする。蝙蝠は口を開けてきいきい鳴き続ける。二三度試みて、たうとう指さきを臆《おく》させてしまつた女中は
「お嬢さま、まことに恐れ入りますが、とても私の手にはおへませんから、このまま蝙蝠を宅までお持ち願へませんか」
お涌は大人にこれほど叮嚀《ていねい》に頼まれる子供の侠気《きょうき》にそゝられて承知した。
日比野の家は、この町内で子供達が遊び場所にしてゐる井戸の外柵の真向《まむか》ひで、井戸より五六軒|距《へだた》つたお涌の家からはざつと筋向うといへる位置にあつた。前に大溝《おおどぶ》の幅広い溝板が渡つてゐて、粋《いき》でがつしりした檜《ひのき》の柾《まさ》の格子戸の嵌《はま》つた平家の入口と、それに並んでうすく照りのある土蔵とが並んでゐた。土蔵の裾《すそ》を囲む駒寄《こま
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