喚《わめ》き寄つて行つた。桶屋《おけや》の小僧の平太郎が蝙蝠の一ぴきを竿《さお》でうち落して、両翅《りょうばね》を抓《つま》み拡げ、友達のなかで得意顔をしてゐる。薄く照して来る荒物屋の店の灯《ほ》かげでお涌がすかして見ると、小さい生きものは、小鼠《こねずみ》のやうな耳のある頭を顔中口にして、右へ左へ必死に噛《か》みつかうとしてゐる。細くて徹《とお》つたきいきいといふ鳴声を挙げる。「ほい畜生《ちくしょう》」と云つて平太郎は巧《たくみ》に操りながら、噛みつかれないやうに翅を延《のば》して避ける。ぴんと張り拡げられた薄墨いろの肉翅《にくし》のまん中で、毛の胴は異様に蠢《うごめ》き、小鳥のやうな足は宙を蹴《け》る。二つの眼は黒い南京玉《なんきんだま》のやうに小さくつぶらに輝いて、脅《おび》えてゐるのかと見ると嬉《うれ》しさうにも見える。またきいきいと鳴く。その口の中は赤い。
お涌は、何か、肉体のうちを掠《かす》めるむづむづしたやうな電気を感じ、残忍な征服慾を覚え、早くこの不安なものの動作を揉《も》み潰《つぶ》してしまひ度《た》いやうな衝動にさへ駆られて、浴衣《ゆかた》の両|袂《たもと》を握つ
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